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永遠の翼〜永遠の翼

夕暮れ間近の海岸沿いに伸びた真っ直ぐな道を、ジョンのバイクは駆けていた。
心地よい潮の香と流れる景色が彼を束の間、騒がしい日常から遊離する。

家族といる時間が一番だと思っていても、時折、独りの時間が恋しくなる。
誰にも、何物にも邪魔されずに、ただ、独りでいたい。
そうすることで一層、周囲のものへの愛しさが募ることもあるのだと、
最近になってジョンは悟った。
エンジンの振動に身を委ね、夢とも現実ともつかぬ様々な影が広い空に
浮かんだり消えたりするに任せる時間を、彼は愛した。

しばらく走ると、屋台が並ぶ人通りの多い場所に出た。
夏の間、この異国の避暑の街は親子連れで賑わう。かくいう彼も、
この時期に家族ぐるみで近くの別荘へ身を寄せるのが恒例になっている。

道路脇にバイクを停め、胸ポケットから煙草を取り出したジョンの
筋向かいには、親子連れがいた。
大きな赤い風船を手にし、両親を嬉しそうに見上げる少女が愛らしい。
見たところ5、6歳だなと、煙を吐きながらジョンは何気なく幼い息子達と比較する。
満面の笑みで少女は紐を手繰る。その度に話し掛けるように風船が揺れる。

パン。
突然、少女が持っていた風船は破裂音と共に夕焼けの空に消えた。
驚きで息を呑んだ後、少女は激しく泣き出した。
目の前で輝いていた世界が、止まった。

今まで大切にしていたもの、ずっと側にあると信じていたものが、
一瞬の内に無くなってしまった衝撃と悲しみ。


かつて、同じ思いをしたことがある。

――いつも側にいてくれると思っていた。
――終わりなんてないと思っていた。

悲しいこと、辛いことはいつも前触れ無しだ。

――風船はすぐ割れるものなのに。
――人はいつかは死ぬものなのに。

失って初めて気付くことがこの世には多すぎる。

様々な感情が渦巻き、何もかもが混乱していた頃、気がつけばいつも、
空に向かって語り掛けていた。

――君が僕の「翼」だったんだろう?
――僕の翼はもぎ取られてしまったんだろう?

『続ける理由なんてない。フレディの代わりなんていやしないんだから』
(ブライアン、ロジャー、君たちもそう思ってるんじゃないのかい?)
なのにまだショウは続いている。

――教えてくれよフレディ。今の僕は…僕たちは、何なんだ?


カモメの鳴き声が空に尾を引いた。


だが、友を失った悲しみも、困惑も、時の流れが穏やかに中和していった。
始終どんより曇っていた空に抜けるような青さを見出すようになった時、
ジョンは他でもない自分自身の中で、フレディが息づいているのを感じた。
実はずっと前からそうだったのに、見失っていただけだということも。

――君は君でいればいいのさ、いつものように。

遠い空からでなく体の内部から聞こえる彼の言葉に頷きながら、
自分らしくあろうとした。それが今のジョンだった。


先程泣いていた少女はカモメの群れを指差して微笑んでいた。
その姿にほっとする両親。ジョンの顔も自然にほころんだ。

どんな感情もいつかは過ぎてゆく。
残るのは記憶だけ…それは自分らしく生きて行くための糧。
起きてしまったことは変えられない。過去が甦るすべもない。
それならせめて、未来への礎にするべきだ。前向きに生きる未来への。

    ...pull yourself together
    'cos you know you should do better
    That's because you're a free man...

ふと、遥か昔に作った曲の一節がジョンの脳裏を過ぎった。
本人が既にうろ覚えのその歌でも、世界のどこかで、未だに人の心を
捕えて離さない魔法を持っていることの不思議。
ジョンには分かっている。彼らにとって自分は今もなお伝説の一部であることを。
それを足枷だとは思わない。だが、伝説のままでいるつもりもない。

――翼はいつだって僕の中にある。
――いつでも飛びたてるんだ。
――僕は自由な人間なのだから。

最後にもう一度牧歌的な風景に微笑みかけると、ジョンは軽くアクセルを
回し、紅に染まり始めた海岸線を駆け抜けていった。
頬を優しく撫でる風は、かすかに秋を告げていた。

あとがき

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