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「クイーン、栄光への美学」(抜粋)−2−

(An Official Biography by Larry Pryce 音楽専科社)

第9章(p.108--p.116)

クイーンのサウンド・テスト中に何かが故障しても、ジェイムズ・ダンやジョン・ハリス他のクイーンのロード要員が直せないような、複雑な電気的欠陥が起こっても、御心配めさるな。フェンダーのベースをかかえた若者が、たちまち直してしまう。というのは、もちろんディーコンの事。(☆実際彼がそんなに役に立っていたのかどうかは疑問の余地がありそうだが)

ジョン・ディーコンは、バンドではもう一人の獅子座の生まれで、1951年8月19日、レスターで生まれた。彼が初めて音楽に触れたのは、最初に楽器――小さなプラスチック製のトミー・スティール・ギターだったが――をもらった時で、その時、おん年は7歳だった。

そして、それから後を振り返る事もなく、スパニッシュ・ギターへと進み、次に12の時にはリズム・ギターを習う所までいっていた。14歳でベースに転向し、それ以来、この道一筋。やがてロンドンに移り、チェルシー・カレッジに入学し、電子工学で1級名誉学位を受けた。暇をみつけては――といっても、最近はほとんど暇と呼べるような時間がないのだが――電気や機械に関係ある物を手当たりしだいにいじくり回している。その他の時は、クイーンのために、あのズッシリとパンチのきいたベースを弾きまくっているか、契約書を整理しているのだ。

電気的な頭脳でも持っているせいなのか、グループのビジネス上の手続きに手を出したために、彼がいつもグループの経済問題を片づけるようになってしまった。(☆頭脳のせいではなく、妻子を養うためである)しかも、高額所得とか、支払残高とかいった事柄の法律上の問題でも、まっさきに分かるのはジョンなのだ。

これは大変な事だ。というのは、もちろん、他のメンバーとても決して頭が弱い方ではないからだ。ビジネスに関しては、彼がバンドのスポークスマンを勤め、非常に論理的でしっかりしている。ロジャーの言葉によれば、彼は昔にくらべるとずっと自信を持つようになっており、おまけに、ひどく乾いたユーモア感覚も身につけ始めている、と言う。(☆ DREAM:WET、など?)

ジョンはステージでフェンダーのベースを2台使う。1台はサンバースト・フェンダー・プレシジョン・ベース・ギターで、もう1台は天然木のフェンダー・プレシジョン・ベース・ギターである。これに張る弦はロートサウンドの平巻ベース弦で、音響機器の方はと言えば、アコースティック371を3スタックに、ハイワットの100ワー、それに24インチ×12インチのスピーカー・キャビネットを2台、使っている。

ステージでは、たいてい他のメンバーの後ろにいる傾向があるが、時々スタスタと前に出て来て、ペコリとおじぎをするので有名である。(☆有名といわれましても)しかし、彼は主としてバンドの脈拍である事に全神経を集中し、バンドのペースを押したり引いたりして、前に進めているのだ。

フレディやブライアンのように表立って宣伝される事はないが、彼もまた、かなり立派な一連の曲――たとえば『シアー・ハート・アタック』の中の「ミスファイアー」や『オペラ座の夜』の中の「マイ・ベスト・フレンド」を続々と書き始めている。

「ああ、君のおかげで僕は生きている
この世界が僕に何をくれようと
君さ、君だけしか僕の目の中にはない
ああ、君のおかげで僕は生きているよ ハニー
ああ、君のおかげで僕は生きている

君は最高の友達さ
これまでになかったくらい
君とはこんなに長い間一緒だ
君は僕の太陽
君にはわかってほしい
僕の気持ちは本当だ
本当に君を愛している
君は最高の友達さ…」

「あのモット・ザ・フープルと一緒の最初のツアーでアメリカへ行った事は、僕には大変な驚きで、目を開かされたよ。まず僕達がよく知られてるのにびっくりしたし、あんな昔なのにクイーンTシャツまであったんだ。(☆嬉しくて何着か購入したのは間違いないだろう)ツアーの前に、僕が最高に嬉しかったのは、セカンド・アルバムの『クイーンII』がアルバム・チャートにはいった事だった。本当に満足した気分だったな。特に、ほら一枚目の方があまりうまく行かなかったじゃないか」

彼らは『クイーンII』でシルバー・ディスクを受けたが、ジョンはカフェ・ロワイヤルでの受賞のようすを、おもしろがりながら語ってくれた。女王にとてもよく似ているというので、よくコマーシャルに出て来る女性が賞を手渡してくれ、後でクイーンはこの女性――この日の女王の替え玉、ジャネット・チャールズ――と一緒に大いに気取ってポーズをとったのだ。

もう一つジョンが思い出してくれたのは、『シアー・ハート・アタック』のアルバム・ジャケット用に写真を撮ってもらった日の事で、いい効果をあげるために、バンド全員が体にワセリンを塗りたくりそれからホースの水でずぶ濡れにならなくてはならなかった。ジョンは言う。

「あれはもちろんフレディのアイディアだよ」

もちろんそうだろう。

ジョンはクイーンに参加したのが最後でもあり、最初のうちは、少々打ち解けないところがあったが、今では彼らもジョンのいないクイーンなど考えられなくなっている。

「僕が参加した初期から、もうバンドの骨組みは固まっていてね、最後に入るってのは、初めはハンディキャップみたいな物なんじゃないかな。他のみんなが議論を始めても、僕は加わらなかったよ。もう今じゃ昔と違って、どんどん議論にも入っていくけど、僕って絶対にカンシャクを起こさないみたいだ。(☆自分で言うのはどうかと思うぞ)

僕達全員が、ビートルズを聞いて育って来たっていう共通の背景があるんで、これがきっと僕達を結び付ける効果を上げてるんだと思うよ。

アルバムを作る時は、最初から最後の最後までつきあうんだ。プロデュースするだろ、曲を書くだろ、ヴォーカルもインストルメントも自分達でやるだろ、ミキシングやレコードのカッティングまでずっと見守っていく。あんまりのめりこんでて、手を抜くとか省略する事なんてできないから、1年にアルバム一枚ってのは本当に僕達の限界だと思うよ」


クイーンの会計士をつとめるキース・ムーアは、ある意味で他のメンバーより、よくジョンを知っているといえるかもしれない。というのは、ジョンは、グループとりまとめ役、兼管財人、兼会計士を自認しているからだ。(☆「自認」かい)キースの思い出によれば、あるツアーの時、ジョンは、出かけている間に読んでおくと言って、キースから会社法の本を借り出して行ったという。

ビジネス面からみて、バンドとしては、クイーンは扱って気持ちのよい方だとキースは言う。初めのうちはクイーンも、他のバンド同様、何も知らなかったが、みんな充分常識を持っていたし、知的でもあったので、ごく細部まで何がどうなっているかを知りたいというのが、彼らの希望だった。契約書の文字は小さい所まで読まずにはすませないし、櫛で髪をすくようにしてから、やっとサインをするくらいだ。

「最初の、彼らがもっとお人好しだった頃の経験が、ある程度、こういう結果を引き起こしているんだと思う。今ほど細かく物事を調べるなんて事は、昔はしなかったはずだよ。彼らと、契約をめぐるミーティングをやって、文字どおり何時間も一緒にいた事があるんだ。

マネージメントが変ると必ず起こる事だけど、ジョン・リードがマネージメントを引き受けた時に、いろいろ変更された事があるんだ。クイーンのために、2つの会社を起こしたんだよ。

一つはクイーン・プロダクション。これは、レコーディングやライヴ演奏や放送や商品といったような事の、イギリス国内での所得について権利を持ってるんだ。もう一つはクイーン・ミュージック。こっちは将来版権を持つ事になってる。

バンドがうまくいけばいくほど、所得や何かの面倒をみなくちゃならないから、裏方の仕事は複雑になっていく。今の調子で彼らがやっていれば、将来、ものすごい金額と御対面できそうだよ。」

どうやらキースは個人的に、こういう事を楽しんでいるらしい。キースは、バンド自体がしっかり計画を立てて、支出が収入を越えないようにしながら、個人として保護されるようにしていく事が重要だ、という言い方をする。言い換えれば、彼らが個人として受け取る金は、もう税金が引いてあるから、そこから税金問題が起こる恐れはないのだ。だから、もらった金は彼らの物であり、もう何の心配もいらない、という事になる。

これまでも、また現在も、多くのバンドがこの問題に引っかかって来た。来年の収入で去年の課税分は払えると思っていて、ふと気づくと、予定したより収入が少なくなって、突然大問題になってしまうのだ。

「幸いな事に」 とキースは言う。 「このバンドは、こういった事をちゃんと意識していて、話を聞いてくれるし、処置もしてくれる。彼らは自分達の管理って事に関心を持ってるし、物事を完璧ってレベルまで持っていくのに熱心なんだ。なにしろ知性って点じゃ、他に例がないくらいだし、ごく細部まで、何にでも首をつっこみたがる傾向ってのも例がないからね。たいていのバンドと違っているのは、マネージャーに――たとえ、どんなにいいマネージャーにでも――操られていちゃ満足できないって事だね。マネージャーばかりじゃなくて、会計士にしても同じだけどね」

グループに関する事すべてについて、キースは、ジョン・ディーコンを低音部と同時に基盤としての役割が生まれつきピッタリの人間としてみてしまうという。ジョンはクイーンを、ステージの上ばかりでなくステージの外でも、まとめているのだ。(☆ずいぶんカッコ良く書かれているではないか) また彼らには、それが必要でもある。まして残りの3人の方がずっと浮ついた性格なのだから。

「こういう役割を引き受けたって事で、僕はあの人を尊敬するね。時々彼と2人きりでミーティングをやるんだけど、そういうのが5時間とか、それ以上も続くんだ。で、その話がひととおり終わると、彼はバンドのみんなに、何がどうなっているかとか、何をすればいいかとかを伝える。すると、彼ら同士で、全部話し合って何かしら結論が出るだろ。その結論を持ってジョンが戻って来るわけさ」

キースのみる所では、バンドの中ではフレディが一番浮ついた性格だという。確かに彼も、何がどうなっているのかには関心を払うのだが、いくら金を使っているのかについてはまるでとんちゃくしない。

「基本的にはフレディは楽しい生活と金を使う事が好きなんだけど、その点では一定限度まで、他人に面倒を見てもらう事に賛成する。確かに彼はグループの中では一番ハデだし、もしグループの誰もよく知らない人がいたら、その人はまっさきにフレディに近づこうとすると思うよ。でもグループの中では、全員がクイーンだから、誰がリーダーとか、誰かがより偉いなんて事はないんだ」

長い目で見た時に、ジョンが自分のスタジオとかレコード会社をやっていくのは、キースにも想像がつくし、(☆結局、クイーンが巨大化しすぎて自分の事を考える暇はなかったのであるが)ロジャーやブライアンも、かんたんにそういう事ができそうだ。

「ブライアンが経営者になるっていうのは想像しやすいね。(☆…そうか?)アーティストの待遇問題についちゃ、彼が他の誰よりも関心を持ってるよ。どうも知的な面から、彼にはしっかりした社会主義的な背景があって、政治にもかなり熱心じゃないかと思ってるんだけどね。この事が感情の方にも、ちょっと顔を出してて、アーティストが不当な扱いを受けた時なんか、彼が誰よりも腹を立てるみたいだよ」

物質的な意味で、バンドが本当に必要としているものは何かと尋ねた所、彼は、まだ時期的に早すぎるのではないかと答えた。

「やがては、フレディが地方に一軒家をほしがるとかって事になるとは思うけど、今のところ、彼らも豪勢な大邸宅とか何とかの事は考えてないみたいだよ。賢明な事だね」

クイーンの機材費は、ちょっと聞くと天文学的な数字になっている。でも考えてみてほしい、どんなショウを彼らが展開し、完璧さを求めるためには決して金を惜しまない彼らの姿を。彼らの総機材費は3万7千ポンドにも達するのだ。バンドのためには何もかも最高でなければならないとするから、時には損してしまう事もあるくらいだ。ある時などは、機材に金を注ぎ込みすぎて、大きな借金を負っていたという噂もあるくらいだ。しかも、それが3枚のシングルと2枚のアルバムがチャートに出た後だったと言うのだから。

イギリス国内のツアーでは、ステージ機材の借り入れに一晩7百ポンドかかるが、アメリカではこの費用がほとんど2倍になるというので、アメリカでのツアーの途中で問題が持ち上がった。これがクイーンの一番賢明でない所のようで、ショウを行うのにかかる実費と、収入として、そのショウからはいってくる金額とを、ビジネスとしてくらべてみようとはしないのだ。1つ2つのコンサートが赤字になっても、完璧さの方を選ぶのだ。

そして、もちろんアルバムの制作費も同じように増え続ける。ファースト・アルバムから『オペラ座の夜』へと費用は確実に増えて来て、『オペラ座の夜』が、これまでで一番金をかけたアルバムになっている。クイーンのように、いくつかのスタジオを同時に使うといった事をすれば、スタジオ費が重要な役割を果たす。よくこれまでにも、バンドのメンバーが別々に、別々のスタジオにはいって、あるトラックの一部だけをレコーディングするという事があり、その後で、これをまとめる事になるのだ。ここでも、何から何まで満足のいくようにしないと気がすまないのだ。

キースは、こう考えている。彼が初めてグループに会ってから、彼らはすばらしく成熟してきたし、彼らの精力と意志の強さを物語る実例もある。契約上の問題から、最近ひどく不安定で、何がどうなっているかハッキリしなくなっていたのに、『オペラ座の夜』とか「ボヘミアン・ラプソディ」とかのように力強いアルバムやシングルで巻き返した。その上、これまでのアルバムより短い時間で、これを準備してしまったのだ。言うまでもなく、今までで一番成功した作品であり、音楽的にも一番バラエティに富んでいるのだ。

「2本足の死よ――
お前は僕をバラバラに引き裂こうとしている
2本足の死よ
お前は一度も自分のハートを持った事がないのだ

興ざましめ、悪漢め
言う事だけ大きい 小物め
ただの荷押し小僧じゃないか
私の代わりのボロおもちゃでも見つけたか
私の顔をまともに見られるか――」

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