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Who Needs You

Written by ここさん

今日の僕にはやる気があった。
授業中は一度も寝なかったし、現国の時間には挙手して発言までした。
生物の実験などでは一番早く細胞を顕微鏡で見ることに成功し、同じ班のロジャーをうならせたものだ。
「一体今日はどうしたってんだ?」
面白がって彼は尋ねたが、僕は少しばかり忙しかった。
「僕は顕微鏡より望遠鏡の方が得意なんだけどなぁ」
とボヤくブライアンの手助けをしなければならなかったからだ。

チャイムの音が昼休みの時間を告げると共に、僕らはいつものように学食へ急いだ。
「あれ、ジョンの奴はいないのか?」
今日は豪華にカツ丼と唐揚げサラダをかきこむロジャーに、わかめうどんをすするブライアンが答えた。
「ああ、なんだか用事があるんだって」
「ふうん。そういえばもうすぐ卒業式だなぁ」
「その前に学年末テストがあるよ」
「嫌なこと思い出させるなよ!なぁフレディ、お前は去年みたく先輩たちに歌でも歌うのか?それとも花束贈呈でもするか?」
「まだ考えてないね」
僕は他の事で頭がいっぱいだったのだ。
「俺はどうしよっかな〜。先輩には来てくれって頼まれてるんだけどさ、また学ランをぼろぼろにされたらかなわんからな」
「ふふ、結局君の第二ボタンはどの人に渡ったんだろうね。卒業生かな?2年の先輩かな?同輩かな?」
「第二どころか全部持ってかれたんだよ!ちっくしょー、俺はボタン係かっての」
その割に嬉しそうに話すロジャーを置いて、食べ終わった僕は数学の先生たちの控え室に向かった。どうしてもさっきのベクトルの問題が分からなかったからだ。世の中には分からない事が多すぎる。こんなときはmami先生に頼るべき、というのが、ここクイーン学園の生徒の鉄則だ。

ベクトルの問題はなんとか分かったが、ついでなので僕は先生をそのままつかまえて予習をすることにした。そうこうしているうちに休み時間も終わり、5・6時間目の美術で思いっきり好きな絵を描いて満足し、その後の掃除を一生懸命にやった。
「おお、すごくキレイになってる!黒板も新品みたいだ」
掃除をさぼっていたティムは驚いていたが、黒板消しのキレイさには気付かなかったらしい。これで掃除機があれば完璧だったのだが。
放課後にみんなで遊びに行かないかと誘われたが、断った。
「僕は忙しいんだよ、ダーリン!明日の古文の予習があるからね」
ティムは笑ったが、いくぶん不思議そうでもあった。
「どうしたんだよ、今日は。まるで別人みたいにクソ真面目だな」

寮の部屋に帰ると、今度はとたんにやる気がなくなった。ロジャーに本を借りていたけど、全部読む気にはなれないし、そもそも長時間本を読むなんておっくうだ。この間までハマっていたゲームもする気がしない。テレビを見ても、いつもと代わり映えしない番組ばかりだ。見る価値もない。予習なんてもってのほかだ。
ああ、何もしたくない。時間が刻一刻と過ぎて行く。夕食の時間も廻ってしまった……。そんなことを考えながらも2段ベッド下の段から起き上がる気になれないのだった。

なるほど、今日の僕はおかしいらしい。このテンションの高低差といったら!いくら僕でもなんだか度を超している。
どうしたんだろう。何か悪いものでも食べたろうか?いや、昼は普通に日本食のスペシャルお膳を頼んだはずだ。
僕だって朝からずっとこんな調子だったわけではない。おかしいのは体調ではないし、目覚めた時は寒かったけれど、なんて素晴らしい日!と思って、爽やかに部屋を出たのだ。そして、それから……どうしたんだっけ?

そう、朝は少し眠かった。それでも心はすっきりとして、僕は鞄を振り回しながら寮を出た。すると、後ろから僕を呼び止める声がした。
「待ってフレディ!僕も一緒に行くよ」
コートに手をつっこんで、鼻を真っ赤にしたジョンがニコニコと小走りに近付いてきた。
「お早うジョン。今日は少しばかり寝坊したね?」
「だってフレディってば起こしてくれないんだもの。それに昨日はちょっと寝付けなくて……」
「なんだい?心配事かい?……にしては幸せそうな顔をしているね」
ジョンは少しうつむいて笑った。もう既に赤かった鼻が更に赤みを増したような気がした。
「まだ誰にも話してないんだよ」
「え?」
「実は……昨日ようやく告白したんだ。A組のヴェロニカに」
一瞬息が止まったのを覚えている。冷たい風が顔の真正面から吹き付けてきたのだ……。
「それで、どうだったと思う?」
「……あのねぇ、僕だって馬鹿じゃないんだよ。もう顔に書いてあるじゃないか!」
「そうかい?なーんだ、分かったのかぁ」
ジョンはさかんに照れ笑いを浮かべていたが、腕時計を見ると顔色を変えた。
「ごめん、フレディ。僕、先に行かなきゃ!」
「どうしたの?日直じゃなかっただろう?」
「待ち合わせしてるんだ、彼女と。じゃあまた教室でね!」
そう言うが早いか、ジョンは半分スキップしながら(あれは彼独特のステップなのだが)走り去って行った。まるで背中に翼でも生えているかのように、軽やかに。
翼?そうさ、翼さ。彼が翼を持ってる事なんか、僕はとっくに承知しているんだ……。

なんともおめでたいことだ。ロジャーは祝う暇もないくらいだから、せめてジョンは祝福してあげたい。心からだ。そういえばバレンタインなんて物があったけ。きっかけはやっぱりそれだろうか?いや、きっかけなんてどうでもいい。要はジョンの想いがヴェロニカに通じたと言う事だ。僕も彼女と話した事があるけど、本当にいい子だった。お似合いのカップルと言える。すぐに学園中に知れ渡る事だろう。

僕はなんとか気持ちを奮い立たせてベッドから体を起こした。僕の机の上にある時計の文字盤が暗がりに淡く光っている。針は11時半を指していた。いつの間にこんな時間が経ったのだろう。お風呂に入らなきゃいけないし、明日の小テストの準備もしていない。だが面倒だ。このまま寝てしまおうか。

ふと、部屋の扉が小さな音を立てた。
「あれフレディ、どうしたのさ、明かりもつけないで」
ジョンが蛍光灯のスイッチを入れた。まぶしくてしょうがない。僕はジョンに背中を向けて自分の机の椅子に座った。
「門限破ったね」
「電話してたんだ。これくらいみんなやってることさ」
しれっとした返事だ。
「そういえばフレディ、昼にmami先生の所に行っただろう?」
「なんで知ってるの?」
「ちょっと会ってね。世間話だよ。なんか様子がおかしかったってさ。ロジャーとティムもそう言ってたよ。何かあったの?」
「別に。そうだよね、君、mami先生と仲いいもんね」
「何?」
「何でもないよ。また質問にでも行こうかと思ってるだけさ」
「ふうん。先生喜ぶんじゃないかな。……ああ、眠いなぁ、僕もう寝るよ」
あくびをしてジョンは上の段のベッドにもぐりこんだようだった。
「電気消していい?それとも何かまだすることある?」
「特にないし、スタンドつけるからいいよ。おやすみ」
「おやすみ」

僕の手にあるのは、一枚の便せん。
「Dear John」とだけ書かれている。
その先を、僕はとうとう書く機会がなかった。
僕は少しだけため息をついて、ペンでそれを塗りつぶした。

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