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スクープ!!!!貴公子は超写真マニア☆ブライアンは超不良?!

Written by Yukariさん

  〜 まえがき 〜
 この小説は『マイナー地獄へ道連れ』内「貴公子は超写真マニアの巻」を題材に書
かせていただきました。
 それから…同コーナー内「John Deacon Talksの巻」の「表」ジ
ョンに息の根を止められた方は(笑)たくさんいらっしゃると思うのですが
私はそれだけでなく「裏」4人中、ブライアンに瞠目してしまったのです。「こっ…
こここ、これブライアン?!」と。
あのブライアンが、ばっちりセンターを取り、しかも、なんだか行儀悪そげな態度で
かったるそ〜に座り
ギンッと目つきも鋭く上目遣いに「ああん?」て感じでニラんでますかこっちを??!!
でも…初期のブライアンって、写真によって、たまにものすごく「ワイルド」な感じ
がする事があるんですよね…
 そしてさらに「貴公子は超写真マニアの巻」では、ブライアンが見事なまでにどこ
にもいない…
そこで、私の中に「ブライアン初期不良説」浮上(したところで、ネッシーなみに誰
にも信じてもらえずすぐ水面下に没する予感)
「逆説の日○史」なみに「もしブライアンが不良だったら、クイーンは一体どうなっ
てしまうのか?!」との観点に立ち妄想を展開。
誰もやらん事をあえてやってみたいという無駄な好奇心だけに支えられ、自分だけ楽
しみながら書いてみたところジョンが主役になったため
mamiさんに捧げさせていただきました。「クイーン異伝」として、みなさまにも
ご一笑いただけると幸いです。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「さあ、みんな、魅惑のヨーロッパ大陸が待っているぞ!」
 1974年、クイーンはドイツ・ツアーに出ていた。メンバーと同行スタッフを乗
せた専用セスナ機…だったら良かったけれども
ごく通常の航空会社のごく通常の旅客機(しかもエコノミークラス!)はロンドン・
ヒースロー空港を飛び立ち、一路、ミュンヘンへと向かっていた。
 平凡な飛行機の平凡なエコノミークラス席でも、オリエント急行の一等車のように
想像して勝手に盛り上がる事のできるフレディ・マーキュリーは
漆黒の長髪を揺らし、踊るようにしなやかな身のこなしで仲間たちの間を歩き回って
いた。
 ちなみに客席はすいている上に、他の搭乗客と言えば、おそらくビジネスで移動し
ているだけと思われる、ロックなどには金輪際、用のなさげなオジサンたちが
10人に少し足りないぐらい、えらく遠くの方にいるだけだった。「クイーンが乗っ
てる!」と言って騒いだりくっついて回ったりする連中など皆無で
若く美しいスチュワーデスたちまでもが「クイーン」を知らず、しかし、どうやらな
にかの目的を一にした集団らしいという事だけは察して
「あなたたちはグループですか?」などとドイツ語なまりの英語で訊いてきたりした。
 その時、いちばん近所で質問を受ける形になってしまったのは、いちばんおとなし
いジョン・ディーコンで、彼は迫力満点のゲルマン美女を前にして切羽詰まり
もごもごとした声で「どうぞお構いなく!」と、質問の答えになっていない事を言う
のが精一杯だった。
 横の方で、ロジャー・テイラーが押し殺した小声で「そう!オレたちはグルー
プ!」と言ってキヒヒヒと笑い
フレディが同じく小声で「唯一無二のグループ!」とつけ加えて笑った。
 そんな「珍道中」とでも言うべき陽気な雰囲気の中、フレディは今、愛すべきメン
バーの1人、ブライアン・メイのいる席にさしかかった。
 ブライアンは、まるで天から落下してきて偶然そのせまいすき間にハマり込んでし
まったかのように、小さい座席の中で長い手足のやり場に悪戦苦闘しているようだった。
足を大きく組み、その上で新聞を広げている。彼は窓際の席に座り、隣の通路側の席
には誰もいなかった。
 よくさえずり歌うハデで華麗な美鳥のごとく、フレディがなんの遠慮もなく隣席に
舞い降りると、ただでさえせまいテリトリーがもっとせまっ苦しくなるという不快感
を露骨に表して
ブライアンはぎろっと目玉だけ動かしてにらみつけた。しかしフレディはちっとも意
に介さない。
「どう?ダーリン!楽しんでる?」 底抜けに陽気な声で、そう訊ねる。
 ブライアンは、暗くドスの効いた声でボソッと言う。
「…見りゃわかんだろ…まあ、この窮屈さは、逆にお笑いと言えばお笑いだけどな」
(※くれぐれもブライアンです。ロジャーじゃありません。
ちがい→ブライアン「暗い。硬派。眉間のシワはマジギレ」 ロジャー「お気楽。軟
派。眉間のシワはそういう顔」)
「まあねえ、クイーンがエコノミークラスだなんて俺としても非常に遺憾だけどね」
 フレディはすまして言う。
「おれのレッド・スペシャルはもっとひどい扱いを受けてるんじゃねえだろうな…ち
ゃんと安全に運ばれてるんだろうな?」
「はは〜ん、かわいいハニーが心配でしょうがないってわけだねv 大丈夫、俺だっ
て大事なマイクを預けてあるんだ。彼らはパーフェクトにやってくれるよ。
 それより、楽しい旅行の事だけを考えようじゃないか!」
「おれは外国ツアーなんか、ちっとも楽しかないね。慣れない土地、慣れない連中、
慣れない言葉、慣れない観客、慣れないハコ(会場)、慣れない音響機材…
 面倒な事ばっかりで、胃が痛くなるだけだね」(要するにいろいろ思いつめる点は
同じらしい)
「新しい出会いは素晴らしい事だよ、ダーリン!」
「ふん」
「よう、コワモテ大将」
 通路から背もたれ越しに乗り出すようにして、ぽわぽわの金髪の女の子みたいなヤ
ツが顔を出した。しかしその顔がしゃべっているとは一瞬わからないぐらい
スレてしゃがれた声で、いろんな発音を面倒だから省略してしまう感じのべらんめえ
なしゃべり方である。
「今夜は、オレたち”スマイル組”はホテルの部屋がいっしょだからな。おてやわら
かに頼むぜ」
「…ロジャー、その名前は口に出すなと言ってるだろ…今度言ったら腕ヘシ折るぞ」
「怖っ!フレディ、こんな危険人物が乗ってるぜ。空港に着いたら1人だけ置いてっ
てやっか?この人、実は方向オンチなんだからよ」
「うるせーぞ、ロジャー!」 ブライアンは新聞をばさあっとロジャーにたたきつけ
るようにした。
「ハハ!こわ、こわ」
「あの…」
 3人が声の方を見ると、通路にジョンが立っていた。ゆるやかに波打ち、胸までか
かった栗色の長髪と、やわらかな新雪のように白い肌。
ロジャーの場合はしゃべったら男だとわかるが、ジョンの場合は、しゃべってもまだ
女の子みたいだった。
しかし、その容貌の中でも眉毛だけはキリリと男らしい。その眉毛をつり上げ、緑っ
ぽい不思議な色の目をびっくりしたように大きく広げて、ジョンはあとの3人を見て
いた。
「どうしたの…?」 『ブライアン新聞を投げるの図』を見て、すっかりひるんでし
まったのだった。
「おお、かわいいジョンじゃないか!おやっ、なんだい?写真を撮るの?」
 フレディに言われて、ジョンは思い出したように自分の手元を見た。首からストラ
ップでさげた大きなカメラを、ていねいに両手で支え持っている。
「ああ、うん…あのね、今回は”DISC”紙のぼくらのツアー・レポートに、ぼく
が撮った写真を載せるんだって」
「ほう、すばらしいv」 「へえ、やるじゃねえか」 フレディとロジャーが口々に
言った。
「ぼく、表紙にもなるんだって」
「うそっ」 フレディとロジャーが同時に叫んで同時にアゴを落とした。ブライアン
も思わず顔を上げてジョンを見た。
ロジャーなんかは、同乗していたその週刊新聞の記者に本当にこいつでいいのかと確
認したりもした。
「だからね、さっそく撮ろうと思って…」
「ブラボー!!!!ジョンの表紙祝いだ!どんどん撮ろう!!」そう言ってフレディ
は遠慮も解釈もなく、ブライアンにむぎゅっと抱きつく。
「ヘイ、キレーに撮ってねえ〜ん!」ロジャーも前の2人にくっつくようにして背も
たれから元気に身を乗り出し、ひっくり返ったような姿勢になっておどけてみせる。
「はい、そのまま…」
「だああーっ!」その時、ブライアンが突然立ち上がり、その大きい(と言うか長
い)手を突き出してジョンのカメラをつっけんどんに押しやってしまった。
「撮るんじゃねーよっ!」
「ちょっ、なにす…」
「おれは写真がきらいなんだよ!」
「なに言ってるんだい?今まで、ジャケット写真だの、さんざん撮ったじゃないか」
 フレディがキョトンとして言う。
「あれはアートのためだ」
「これもアートだぜ」 ロジャーが、軽いけれども意外とまじめな口調で言った。
「じゃれ合い写真なんてごめんだね。あんたらだけで勝手に撮ってくれ。ジョン、お
れは写すな、いいな?」
「う…うん…」そう一方的にずばっと言い切って鋭い目で見据えられると、ヘビにに
らまれたカエルならぬ、不良ギタリストににらまれた純朴ベーシストのジョンは
生返事をひとつするのが精一杯だった。フレディとロジャーも一瞬黙ってしまった。
「…はいはい、かわいそうなディーキーちゃん!」 沈黙を破ったのはロジャーだっ
た。通路に飛び出し、ジョンの首ったまにガキッ、と組みつく。
「名カメラマンへの道は険しいってわけだ!まー、そう気張らずにテキト〜に頑張れ
や。先は長いんだし。チャンスはいっくらでもあるぜ」
「それじゃあジョン、これはサーヴィス・ショットだよ」
 そう言われてジョンとロジャーが振り向くと、フレディがいつの間にか少し後方の
自分の席に戻っていて、なんだかものごっつい帽子をかぶっていた。
時代錯誤なまでにヨーロピアンで、あちこちから羽根が生えている。
「ぶはっ、フレディ、なんだそりゃ?」 ロジャーは耐え切れずに笑ってしまった。
「ダルタニャンもメじゃないね! ドイツに着いたらかぶろうと思ってとっておいた
んだけど、ここで披露しちゃうぜいv」 フレディはとくいげにポーズなど取る。
「そんなんかぶってドイツをウロついてたら、森の猟師にキジとまちがわれて撃たれ
っちまうぜ」 ロジャーはそう言ってまだ笑っている。
 ジョンも笑い、うれしくなってシャッターを切った。それが記念すべき1枚目とな
った。
 ブライアンもじいっと、まるで視力の弱い人が遠くを見ようとするような目のしか
め方でフレディを見ていたが、やがて首を横に振り振り、前に向き直ってしまった。

 それからジョンはいくぶん元気を取り戻し、ふらふらと客席を歩いてロジャーの寝
顔を撮ったり、物思いにふけるフレディの横顔をフィルムに収めたりした。
ブライアンは…ジョンが近くを通るたびにスゴい目でにらむので、やはりカメラを向
ける事はできなかった…
しかし、ジョンはずっとそれが…ブライアンだけ写真を撮れないという事が…気にか
かっていた。

「ロジャー」
「うん?」
 空席で、すさまじいまでに行儀の悪い姿勢(お前が背もたれかと言いたいぐらい完
璧に沈み込み、クツを脱いだ両足を、前の座席の背もたれに突っ張るという格好)で
1人でぼへーっとしていたロジャーの横に、ジョンはすとんと座った。
 ロジャーは多少(そうとう)不良っぽいが、ジョンは不思議と彼に対しては恐怖も
緊張も感じなかった。ロジャーがそうさせてくれているんだとジョンは思っていた。
が、そんな事を口に出すと遠慮なく蹴られるのでやめといてるのであった。
 この性格もキャラクターもまったくちがう2人が、周囲からは「仲良しリズム隊」
などと言う、非常にのどかで微笑ましい称号まで授かっていた。
「ぼく、いっしょうけんめいクイーンになじもうとしてるんだけどさ」
「充分、なじんでるぜ」
「ブライアンは…まだ、ぼくが入った事に納得してないんじゃないかって思う時があ
るんだ…」
「あの人は、なんに対しても納得してねえから、気にすんなよ。きっと今日の朝メシ
のパンの種類とか自分のクツひもの結び方にだって納得してないぜ」
 そう言ってロジャーはヒヒッと笑う。
「ギターとベースって、すごく重要な関係だと思うんだよ。それこそ以心伝心みたい
な関係じゃないとさ。だけど、今のぼくとブライアンは…
 とても事務的って言うか…”友達”って感じじゃないんだ。ほんとに”バンドがい
っしょの人”なだけって言うか…」
「人見知りどうしが、同じ事を思いあってんだよ」 ロジャーは”世話が焼けるぜ”
と言わんばかりの、面白がるような笑顔をジョンに向けた。
「第一、ブライアンは本当はあんなんじゃねーんだよな…」
「ロジャー、ずるいよ…ブライアンとロジャーが、いちばんつきあいが長いんでしょ
う? ”Smile”の頃からいっしょにいたんだからさ」
「ディーキー、その名をブライアンの前で口にする時は気をつけろよ」
「…そんなに…過去のバンドって、口にしたらいけない事なの?」
「楽しい思い出だけならいいだろーけどなあ。”スマイル”は、結局だめになっちま
った上に…ブライアンはティムと離れる事になっちまったから…
 オレなんか大学になってからふらあ〜っと参加した新参者だったけど、ティムとブ
ライアンはガキの頃からの親友だったんだからな…
 ”スマイル”がだめになった時以来、ブライアンの顔からも文字通り”スマイル”
がなくなっちまったってわけさ」
「じゃあ、その前のブライアンは…?」
「その前ぇ? その前はな、ジョン…お前以上に、ちょっと大丈夫か?てぐらい牧歌
的でおだやかで、しかしまあ、よくしゃべるヤツだったよ」
「ウソでしょう…?」
「今でも、インタヴューとかではよくしゃべるだろ。アートに関してはな」
「それはそうだけど…」
「悪いヤツじゃねえんだよ。ほんとの悪人が自分でギター作ったり天文学博士になっ
たり、ましてや先生になったりすると思うか?
 なんだかんだ言って、この飛行機にもちゃんと乗ってるしな。ほんとに悪党は平気
でギグもぶっちぎるからな」
「でも…ブライアンだけ写真が撮れないなんて、残念だよ…ファンのみんなががっか
りすると思うんだけどな…」
 そこで、ロジャーが突然、なにか思いついたように、にたあっと満面に笑みを広げた。
「ジョン、ブライアンの言う事なんか無視して、じゃんじゃんカメラ向けろよ」
「…ぼく、まだ死にたくないんだけど…」
「あいつはな、ああやって毒を吐いて、それでも近寄って来る命知らずを選んでるん
だよ。だいたいお前って、いつもヒトの話聞かずにマイペースで押し切るじゃねえか」
「え、ええっ…?」
「ほれっ、名カメラマン君、行ってらっしゃい!そんぐらいの度胸がなきゃ、表紙も
飾れねえぞ!」
 ロジャーはぐいっとジョンの手を引っ張って立たせると、おしりをげしっっ、と蹴
飛ばして通路へ押し出してしまった。
「とっ、とっ、とっ…」
 つんのめったジョンがバランスを持ち直して顔を上げた先には…ブライアン。雑誌
に目を通していたが、ジョンが現れたため、また目玉だけ動かして
鋭くジョンを見据えた。
「…なんだよ?」
「…よ、用がなくちゃ、来ちゃいけない?」
「…別に」 ジョンの不思議なひらき直り具合と言うか、気弱そうなくせに突然懐に
飛び込んで来るような感じは、さすがのブライアンもひるませる事があった。
少しあわてたのを表に出さないようにして、ブライアンは短く、ひとことだけ言った。
「ここ…座ってもいい?」 ジョンはブライアンの隣の座席を指さす。
「…好きにすりゃいい。あいてんだから」
 ロジャーは相変わらずお気楽にだらっと座ったまま聞き耳だけ立てて様子をうかが
っていたが、けっこう意外な展開に思わず首を出して見た。
 ジョンは音も立てずにスッと座ると、さっそく本題に入った。
「…写真の事だけどさ」
 ブライアンは雑誌に目を戻そうとしていたが、その視線を宙ぶらりんで止めたま
ま、固まった。
「ぼくだってブライアンがいやがる事はしたくないよ」
「……」 ブライアンは黙っている。
「だけど…これは、ぼくにとっても仕事なんだ。ファンの人たちのためにクイーンの
ツアー中の様子を伝えるっていうのは、立派な仕事だと思わない?」
 ブライアンは、やはり考えるように黙っているだけで、うんともすんとも言わない。
「ブライアンが写ってなかったら、ブライアンのファンのみんなが残念がるよ。どう
してブライアンだけ写ってないのかって」
「…ありのままを伝えりゃいいんじゃねえのか…ブライアン・メイはアート以外の写
真がきらいですって」
「ぼくの写真はアートじゃないって?」
「…羽根の生えた帽子を撮って喜んでるようじゃ、望みは薄いな」
 その時、ジョンが突然、立ち上がった。
「あれは…あれは、フレディがぼくを元気づけようと思ってやってくれたんじゃない
か!それをそんな風に言わないでよ!」
 ジョンの大声に心底たまげて、ロジャーは座席からすべり落ちそうになった。フレ
ディも、さすがに異変に気づいて、同行スタッフとの談笑をやめ
声のした方に首をめぐらせた。
「フレディの厚意をばかにするなんて許せない!きみこそフレディやロジャーを見習
いなよ!」
「なんだと?」 ブライアンは座ったままジョンを見上げていたが、眉間に少しシワ
が寄った。鋭い視線にスゴみが増す。
「フレディやロジャーは、いつも周りを楽しくしてくれるじゃないか!…ぼくだっ
て、そりゃ、周りをにぎやかにするとは言えないけど…
 なんとかみんなになじもうと思って、これでも頑張ってるつもりなんだ!それなの
に、きみは…ずっと不機嫌で、面白くなさそうで…」
「ほう?おとなしいヤツだと思ってたら、おれにケンカ売ってんのか?」 ブライア
ンがぬっと立ち上がった。ジョンはあっという間に、見下ろされる形になる。
 ―― こいつはマズッた!
 ロジャーは座席から跳び上がって、2人のところへすっ飛んで行った。
「はいはい、ぶれいく!ぶれいく!」 とりあえずジョンを引っ張って通路に出し、
ブライアンとの間に体を割り込ませる。
「まだ話が終わってない!」 ジョンも珍しく激昂していて、おさまりがつかない。
「なんだい、どうしたんだい、ハニーたち?俺がどうしたとか聞こえたけど?」 フ
レディも心配げに眉をくもらせて寄って来た。しかし間の悪い事に
表情はシリアスそのものであるものの、つい今まで同行スタッフの女性に、またあの
帽子をかぶってみせてふざけていたところだったので
くだんの「帽子」を頭に載っけたまま来てしまった。
「ふん、問題のお帽子だぜ」 ブライアンは皮肉っぽい笑みさえ見せ始めた。こうな
ると、もう完璧にキレている。
「俺の帽子?」 フレディは怪訝そうにブライアンを見て、帽子に手をやった。
「ブライアン!これ以上フレディをばかにしたら、絶対許さないからね!」 ジョン
がロジャーのうしろから身を乗り出さんばかりにして叫ぶ。
「ディーキー、落ち着けっての!」 ロジャーが必死で押しとどめる。
「お静かに願います!他のお客様のご迷惑になりますから!」 スチュワーデスも寄
って来てたしなめる。遠方にいるビジネスマンたちも、露骨に迷惑そうな顔で見ている。
「はい!すみません!すぐ片付きますから!」 信じられない事に、ロジャーが事態
の収集役になっていた。
「なんだ、どうしたんだ、子猫ちゃんたちが仲間割れか?」 アメリカ人マネージ
ャーのジャック・ネルソンもやって来た。
「あんたはすっこんでろ!」 ブライアンが、問答無用でいきなり叫んだ。今までで
最大にドスが効いている。ブライアンは、なぜかジャックをきらい抜いていた。
「ほほ、おそろしいね。ヒステリーかい?ケンカもけっこうだが、演奏の方はちゃん
と頼むぜ。なんせ1公演にかかってる費用が…」
 ロジャーがうめき声を発して、ジャックの両肩に手をかけた。
「悪りい、あんたマジでちょっと向こうでのんびり見物しててくんねえか?オレたち
だけでうまくやるから」
 口調はやさしく、全身全霊の力を込めてむりやりゴツイ彼を押し返すと、ロジャー
は安堵のため息さえついた。しかし振り返ると、ロジャーがいなくなったスキに
またジョンがブライアンの方へにじり寄って、おろおろするフレディを尻目に、お互
いの高い鼻がくっつきあいそうなほどの近距離でガンくれ大会になっていた。
「んだあーっ!」 ロジャーは悲鳴を上げて駆け戻り、ボクシングの試合でクリンチ
している選手どうしをひっぺがすレフリーのように、ブライアンとジョンの間に飛び
込んだ。
「まったく、お前らがそんなに仲が良かったとは意外だぜ!お熱いのもけっこうだ
が、地上に降りてからにしねえか?」
「―― ブライアンは俺の事で、なにか気に入らないわけ?」 フレディが、いたく傷つ
いたような表情になってしまっていた。
彼のガラスのように繊細な面がショックを受けると、コトは余計厄介になる。
「別に」 ブライアンはそれを察しているのか、短く言い捨てた。しかしまだ興奮冷
めやらないジョンは、そうは行かなかった。
「フレディがせっかくぼくを応援して写真を撮らせてくれたのに、ブライアンは、そ
んな写真はアートじゃないって」
「”アート”ねえ…まあ”アート”って人それぞれだからな」 フレディはきわめて
彼らしく”芸術”に関しては、こんな時でも一流の持論を語った。
「でもね、ブライアン。俺にとっては、あの写真は立派な”アート”だよ、悪いけ
ど。どうしてだと思う?」
「…わ、わからねえな…」
「ふふ、ブライアン…確かに、ただこんな帽子を撮ったってアートじゃないさ」 フ
レディは道化師のように、大ゲサに両腕を広げてみせた。
しかしそのあと、突然、羽根の帽子を頭からもぎ取って、床にたたきつけてしまった。
「そうとも!こんな帽子の写真のどこがアートなもんか!俺が言ってるのは、そんな
事じゃない!」
 そう言うと、フレディはくるりと背を向けて、スタスタと自分の席に戻ってしまった。
「ちょっ…フレディ!?」 これにはジョンもあわてた。
「ああ、もう、最悪…」 ロジャーは目をとじてしまった。
「…なんなんだ、この茶番は…」 ブライアンも、どっと疲れたように席に座り込んだ。
「”茶番”だあ?」 今度はロジャーが聞きとがめた。
「その発端はあんたじゃねえのかよ?オレにも聞こえたけど、フレディの厚意をあん
な風に言うのは、ちょっといただけねーぜ。そりゃジョンも怒る」
「発端?それならお前だろ?お前がまたガキっぽいイタズラ心を起こして、ジョンを
おれの方に蹴飛ばしたからいけねえんだろ?こうなるのを見越してたんだろ?」
「ブライアン、てめーいい加減にしろよ!」
「ロジャー!」 今度はジョンが仲裁役になった。
「もう、席に戻ろう…」 静かな、しかし悲しそうな声でそう言うと、ジョンは通路
に落ちたフレディの帽子をそっと拾い上げ、背を向けて歩み去った。
「……」 ロジャーも、しばらくその姿を見送っていたが、大きなため息をひとつつ
くと、首を横に振りながら、あとに続いた。
 残されたブライアンは…目をとじ、つぶやいた。
「どうして、こうなるんだ…」

 翌日、ツアー初日の会場である小さなライヴ・ハウスに入ったクイーンは、朝から
サウンド・チェックや打ち合わせに追われていた。
不思議な事に、プロとしての”作業”は滞りなく運んで行った。いざこざをプレイに
持ち込むような輩は、クイーンには1人もいなかった。しかし…
「よう、フレディよ…」
「んー?」
「あの”仲良し弦楽器隊”をなんとかしてくれよ…」
 ドラムセットの中央でイスに座ったまま、頬杖をついて前方を見やるロジャーは、
そう言った。
 ドラムの横の方で、床そのものにうつぶせに寝そべってしまって(それは彼がよく
やる事だったが)ライヴの進行表のチェックなどしていたフレディも、視線を上げた。
 ブライアンとジョンは、それぞれ、左右で対になって自分の楽器やらアンプやらの
調整をしてはいるが、一切、目も合わせないし、言葉も交わさない。
「あの2人、きのうの飛行機の中から、きっとひとこともしゃべってねえぜ」
「まあねえ…そういう日もあるさ」
「フレディは? あれから、ブライアンとちっとはしゃべったか?」
「…あれを”しゃべった”と言うならね。俺はいろいろ話しかけたけど、ブライアン
の返事は”ああ”とか”うん”とか。それだけ」
「おいおい、頼むぜ」
「ロジャーってさあ…意外とマジメだよね」
「はあっ?!」 ロジャーが頬杖をやめて、フレディの方に体をねじ向けた。
「オレをマジメだとか言っちゃったら、おてんとさんが西から出るぜ…いや、それす
らやめて、世界が永久に夜になるかな?」
「いいね、夜は好きだよ」 フレディはそう言って笑う。しかし、その声には、やは
りまだどこか元気がなかった。
「しかしなあ…バンドの”夜”は、あんまり長引いてほしくねえもんだぜ…」 ロジ
ャーはドラムスティックを取り、いつものクセで右手の方だけキリッと回すと
浮かない気持ちで練習に入った。

 ジョンは、ブライアンと接しようとしない事以外は、平常を取り戻し、けっこう元
気に”仕事”に励んでいた。肩からはベースをさげ、首からはカメラをさげ
チャンスと見ると、すかさずシャッターを切った。フレディがピアノの前に座れば、
満面の笑顔で寄ってきて撮り、
ロジャーが鏡をのぞいて髪をといていようものなら、まるでファンの女の子の代表の
ように、それっとばかりに駆けつけて撮った。
その横でフレディがいつものようにメイクにこだわっているのを発見すると、これも
しっかり撮った。
 そんな姿をブライアンに見られている事は…一切、気にしない事にした。

「ああっ、てめー!今、撮りゃあがったなー?!」
 楽屋で、いったん履いたズボンがやっぱり上着に合わないと言って脱いでいたロジ
ャーを、ジョンはうしろから”撃写”した。
「カメラマンがうしろにいるのに脱ぐ方が悪いんだよ!」 そう言ってジョンは笑う。
「そのカメラよこせ!お前のも撮ってやる!」(←ぜひそうしてほしかった)
「ハハハ!おあいにくさま!カメラマンは、カメラを放すわけにいかないんでね!」
「まさかロジャー・テイラーのシリだっつって発表すんじゃねーだろうな?!」
「うーん、それよりも、なんかもっと面白い方法がないかな…」 ジョンはいたって
シリアスなビジネス・リーダー風に考えだす。
「他人のケツ公開すんのに面白いもなにもあるかよお!」 意外と恥ずかしがり屋だ
という事が発覚したロジャーは、泣きごとを言った。
「こういうのはどうだい?」 自分の衣装にやっと満足が行って、鏡の前でいろいろ
な角度を試してみながら、フレディが言った。
「クイズにするんだよ。”このシリは誰のでしょう?”ってね。そうだな…あはは!
いい事を思いついた!
 その正解と”SHEER HEART ATTACK”の感想を送ってくれた人に
は、なにかプレゼント!ぼくたちのドイツみやげとか?」(←欲しい。でもちょっと
怖い)
「…うへえっ、シリを見て、誰のかって想像するわけ?」 ロジャーが眉間にシワを
寄せて、口を半びらきにした。
「ブライアンのシリじゃない事だけは確かだ、肉付きがよすぎるものな?だろ、ブラ
イアン?」 フレディが、まるで賭けに出たかのような大胆さで笑い、ブライアンを
見た。
 ブライアンは鏡台の前に座って寡黙にコットンで化粧をおさえたまま、鏡の中だけ
でチラッと目を動かして、フレディやロジャーを見た。
「…おれはそんな悪趣味な赤いパンツなんて履かねえしな…早く新しいズボン履け
よ、ロジャー」
「へいへい」 そう言って別のズボンに足を通しながらも、ロジャーはちょっと安心
したようにニヤッと笑ってフレディを見た。さすがフレディだな、と思った。
フレディ自身も、きのうの事で心中は傷ついているはずなのに、これからライヴを演
ろうというバンドの事を考えて行動しているのだ。
「でもねえ…本当に、意外と大きいおしりだったなあ」とジョンがからかった。
「悪かったな!名ドラマーはシリが安定してなきゃいけねえんだよ!」
「…恋愛関係のおしりは軽いけどね…」 ジョンがボソッと言う。
「てめー!」 ロジャーはジョンめがけてダッシュし、ジョンは逃げ回った。
 その時、バタンとドアのしまる音だけがして、誰かが出て行った。ブライアンだった。
「……」 ジョンは立ち止まって、しばらくドアの方を見ていた。まるで、会話にジ
ョンが加わった瞬間、出て行ったかのようだった。
「…気にすんなよ」 ロジャーはジョンの頭をポンとたたいて、身支度の続きに入った。
「うん…」

「また1番乗りだねダーリン、調子はどう?」 開演前の最終調整のステージに出て
きたフレディが、レッド・スペシャルを手に、すでにそこにいたブライアンに声をか
けた。
「最悪だ…」
 フレディは、またブライアンがいつもの調子でそう言ったのかと思った。しかし、
ちがった。
「レッド・スペシャルの音が出ねえ!」
 一瞬、フレディは意味をはかりかねた。
「え…なんだって?」
「ローディー!なにをやった?!完璧にセッティングしてあったはずなのに、どこか
いじくったんじゃねえのか!」
「ええっ…?! なにもさわってませんよ!あなたがさわらせてくれなかったんじゃ
ないですか?!」
「…おれがやり方をまちがえたって言うのか?!」
 現地のローディーたちのボスとでも言うべき、ゴツイ職人風の男が出てきて、ドイ
ツ語なまりでおだやかに言った。
「ブライアン…正直な話、あんたはディレイ・マシンを使うためにアンプをいくつも
つなぐから、おれたちだけじゃ勝手がわからないところがある。
 どこか配線がイッてるのかもしれん」
 まるで火事場のようになった。
 右往左往するローディーたち。なにもできず、ただハラハラと見守るだけの、他分
野のスタッフたち。
 フレディが知らせに走ったので、ロジャーとジョンも楽屋から飛び出してきた。
「おいおい、マジかよ? ほんとにうんともすんとも鳴らねえのか?」 ロジャーも
心配そうにレッド・スペシャルとブライアンをのぞき込んだ。
 じいっと、黙って見ていたジョンが、口をひらいた。
「…開演まで、あとどれぐらい?」
 居合わせた全員が、一斉にバッ、と壁の時計やら自分の腕時計やらを見た。
「…1時間」 みなが口々に言った。
「クソッ!」 ブライアンが床を蹴った。
「ブライアン」 静かな声が、ブライアンの耳にスッと入ってきた。振り向いてみる
と、ジョンだった。
「きみの楽器とアンプにさわってもいいだろうね?ぼくが修理してみるよ」
「……」 ブライアンはまっすぐにジョンの目を見返した。決然とした、有無を言わ
せない目だった。
「これはアートのためだよ」 ジョンはそう言った。
「あ…ああ」 ブライアンはなかばジョンの目に魅入られたような形で、気がつくと
そう言っていた。
 ジョンは無言で、すぐに作業に取りかかった。
「…患部はわかった…」
 いくつもあるアンプの中からたったひとつだけ背中をひらいて、本当に人間の内臓
のようにも見える中身を、名医のように慎重に吟味していたジョンは
いったん顔を上げて、ふーっとため息をついた。しかし、そこまでものの3分しかた
っておらず、その早さに、ローディーたちは顔を見合わせ、口笛を鳴らす者もいた。
「でも…そこを直すためには、一度、こいつと関連してる全部の機材の電源を落とさ
ないといけない」
「なんだって?」 電源クルーの1人が悲鳴を上げた。
「…無理だろう?」 ジョンが、わかっているという風に言った。
「深夜ライヴに変更しても構わないってんなら、できない事もないけどね」 スタッ
フはそう言った。開演は夜7時を予定していた。
「…そんな事はしたくないな…」 ジョンは右手を口に当てて、考えた。
 ブライアンは、なにも言わずに、ただ鋭い目だけをキョロキョロと動かして、ジョ
ンや周囲のスタッフたちを見回していた。別に彼が機械を壊したというわけではないが
自分のために、これだけの人間に足止めをくわせている…そんな感じがした。
「…ここをああして、そうして…そうか、そう変えればいいのか…」 ジョンはぶつ
ぶつと言っていた。
「ひとつだけ、方法がある」 ジョンがみんなに向かって言った。
「電源を入れたままやる」
 その場にいた全員が、固まってしまった。
 ローディーたちがいっせいにジョンの周りに集まり、説明を求めた。ジョンはてき
ぱきと解説した。
「危ない賭けだけど、できない事はない…でしょう?」 ジョンが楽しそうな余裕さ
え感じさせて、そう言った。
「しかし、ジョン…」 職人風のローディーのボスが、深刻に訴えた。
「もしちょっとでも手元が狂ったら…」
「わかってるよ」
「どうなるの?」 タイムキーパーの女の子が気遣わしげに訊ねた。
「ボン。シビれてあの世行き」
「やめろ、ジョン」 フレディとロジャーとブライアンがまったく同時に言った。
「ジョン、危ないマネは一切ごめんだよ」 フレディが真剣に言った。心なしか顔色
が青くなっている。
「ディーキー、正気を保て。命かけるような事か?」 ロジャーも眉間のシワが最大
限に深くなっていた。
「ぼくたちには、余裕なんかないんだよ!」 ジョンが突然、大声を出した。
「開演時間を遅らせたら、中止したのと同じ事でしょう?何時間も待たされたあげ
く、誰が楽しめるって言うの?
 夜中から始めたって、幕があいたら、きっと客席には1人もいないよ!そんな事し
たら、クイーンの評判は落ちて、また赤字が出て…」
「よくわかってるな、ジョン、さすがだ」 客席の隅の方から、マネージャーのジャ
ックの声が聞こえた。「公演は、遅延も中止もしない方が望ましい」
「けどよ、ジョン!」 ロジャーも大声を張り上げた。「もしお前に万が一の事があ
ったら、損害どころの話じゃ済まねえ!」
「保険も降りないからな」 ジャックの耳を疑うようなセリフが聞こえた。
 ものすごい音がして、ジャックのそばになにか物が飛んでぶち当たった。ロジャー
が、手に持っていた水のペットボトルを投げつけたのだった。
「くたばりやがれ、この野郎!!」 ロジャーが本気でキレたのを見るのは意外にも
初めてである事に、周囲の人間はあとで気がついた。
「ふっ、くやしかったら、公演をキチンキチンとこなして、それだけの稼ぎをする事
だ」 ジャックはこともなげに言う。
「この死神!!!!」 フレディがステージから飛び降りて、そのままジャックに踊
りかかって行こうとした。
収集がつかなくなりかけ、スタッフたちがあわててロジャーとフレディを押さえにか
かった。
「やめてよ、2人とも!」 ジョンが叫んだ。
「大丈夫だよ、失敗する可能性の方が少ないんだ。本当に、ぼくがやれば直るんだよ」
「ジョン…やめといた方がいい…」 ずっと黙っていたブライアンが、口をひらい
た。いつものようにボソッとした小声だったが、目はまっすぐにジョンを見ていた。
「…クイーンのアートを見せる」 ブライアンを真っ向から見据えて、ジョンはそう
言った。世間一般に対して言ったセリフのようだったが、ブライアン個人に言ってい
るようにも聞こえた。
 ジョンはサッサと作業を始めてしまった。悲鳴やどよめきが起こり、みなが口々に
止めた。
「みんな、あぶないから下がって!周りでギャーギャーやられたんじゃ、本当に手元
が狂うよ!」
「ジョン!クレイジーだぜ、こんなの!」 ロジャーが粘ってそばにいようとした。
「ジョン!ああ、なんて事だ!」 フレディは、すでに混乱をきたしているようだった。
「……」 ブライアンも、言葉を失って、ただそこに突っ立っていた。ふと、ジョン
がブライアンを見上げた。
「…ぼくを信じて」

 死んだように静かな時間が始まった。ジョンだけがステージ上のアンプのそばに座
って作業を行い、ローディーやスタッフたちは、ジョンの命令に従って7、8フィー
トは離れた
客席の一部に固まって待機させられていた。 ジャックはみなの視線を受け、どこか
へ姿を消していた。
 フレディとロジャーとブライアンは…ステージ上に残ってはいたが、やはりジョン
の命令で、ジョンがいるステージ右隅とは反対側の左隅に追いやられていた。
3人ともあぐらをかいて座り込んでいたが、ロジャーは両ヒザの上に両ヒジをつき、
両手を神に祈る時のような形に組み合わせて、そこにひたいをつけ、うつむいてしま
っていた。
フレディも目をとじ、ひたすら、聖書の文句をつぶやいていた。
 ブライアンだけがしっかりと目をあけ、まっすぐにジョンを見ていた。しかし、そ
のブライアンのくっきりとした眉は悲愴な色を浮かべてゆがめられ
下くちびるは血がにじみそうなほど強く噛みしめられていた。
 うつむいていたロジャーが、ふと気がついた…隣に、同じようにあぐらをかいて座
っているブライアンのヒザや、その上に乗せられた長い腕や手が…細かく震えていた。
しばらく目をみはってそれを凝視したあと、ロジャーは、無言でブライアンの片手に
自分の片手を乗せた。ブライアンは、ふっと顔だけロジャーの方に向けて、そのあとは
抵抗もせずに言葉も発さずに、ただじっとしていた。

 ジョンのアゴから、汗がひとしずく、ぽたっと落ちた。その音が聞こえた。そのぐ
らい静まり返っていた。ジョンが動かす工具の音…それから、時計の音。
それだけが、その空間にある音のすべてだった。
 しかし、そこにいるすべての人間が、もうひとつ別の音も聞いていた…それぞれ
の、自分の心臓の音。
 それは狂ってしまいそうな時間だった。ジョンに、あとどのぐらいで終わるのか、
調子はどうかと質問しようにも、そのせいで注意がそれる事を考えると
おそろしくて、誰も言葉を発する事ができない。

「みんな…」 そんな中、ジョン本人が、その沈黙を破った。死んだその場の空気に
生命の息吹がふき込まれたかのように、みなが動き、顔を上げた。
「…ここからが勝負だ…」 視線は、まっすぐ、怪物の腹…機械の中身に注がれている。
「まあ大丈夫だとは思うけど、誰か、念のために電話の受話器に手をかけといてくれ
る?なにかあったら、すぐ救急車を呼んでね。ドイツ語のできる人がいいな」
 ローディーの1人が、無言で飛ぶように電話のそばへ行った。
 作業の説明を聞いていたローディーたちは、ここまでの時間が、すでに異常に早い
事に気がついていた。並みの集中力ではない…いや…並みの技術じゃない。
並みの…なんなんだろう、これは?並みの…そう、並みの「意気込み」じゃない。ラ
イヴにかける意気込み…「クイーン」にかける意気込み。

「スリー」 ジョンがいきなり、そう言った。 全員が顔を上げ、固唾をのんだ。ジ
ョンがカウント・ダウンを始めたのだ。
ジョンは電気を通さない素材のペンチで端子のついたコードをはさんでおり、それ
を、口をあけて待っているコネクタに入れさえすれば解決するという事らしかった。
「ツー」 全員が発狂しそうになった。 「ワン」

 その時、悪夢のような光景が、その場にいる全員の網膜に焼きついた。TVの電源
を、いきなりコンセントから引っこ抜いて切った時のような
とても無生物が発する音とは思えないような重く不気味な音が腹に響き、ジョンの体
が一瞬、びくっと跳ねてうしろへ倒れた。

「……ジョン……!!!!」
 クイーンの3人が、真っ先に駆け寄った。ブライアンがいちばん早かった。ブライ
アンがジョンを抱き起こし、フレディとロジャーがのぞき込んだ。
ローディー、スタッフ、全員が取り巻いた。
「ジョン!!!!」 ブライアンが、今まで誰も聞いた事がないような大声で叫んで
いた。
「…成功」 全員が、その、もごっとした単語を確かに聞き取った。
 ジョンが、その双眸を静かにひらいた。緑なような灰色なような、不思議な美しい
色の瞳が、ちゃんと生命の輝きを帯びて現れた。
「いやあ…意外とすごい衝撃だったなあ…やっぱり無茶はするもんじゃないね…」
 ワアッと、まだライヴも始まっていないのに、ものすごい歓声が、小さな会場の天
井をぶち抜かんばかりに響き渡った。
 フレディは、ロジャーに抱きついて泣いていた。ロジャーはそのフレディの背中を
ばんばんたたいて、ひたすら笑っていた。
「ねえ…苦しいよ」 ジョンが、自分を抱き起こしてくれている人間に、声をかけ
た。しかし、その、どうも長過ぎる腕や、無駄な肉が一切ついていなさそうな体は…
ジョンが無理に顔を横にねじ向けて見てみると、黒い巻き毛に、高い鼻…
「ブ…ブライアン?!」 ジョンは、さっきの無理な修理による衝撃を受けた時よ
り、よっぽどたまげて心臓が停まりそうになった。
 ブライアンは、目をとじ、無言で、しかし全力でジョンを抱きしめていた。
「あの…もしもし…」 ジョンは目をぱちくりさせた。
「…良かった…」 ブライアンは、かすれた声で、しかしはっきりと、そう言った。
ジョンは自分の耳を疑いたい気分になったのと同時に、どうしていいかわからず、ど
ぎまぎしてしまった。
「ブ、ブライアン、あのさあ…せっかく直ったんだから、音を試してみてよ!時間が
ないよ!」
「…わかった」
 そう言うと、ブライアンはがばっとジョンから離れて一気に立ち上がった。その瞬
間、涙が数滴、光って落ちたのをジョンは見た。
 座った姿勢のまま、呆然と見ているジョンの前で、ブライアンがレッド・スペシャ
ルを構え、長い右腕を一気に振り下ろすと
「ギュワアーン!」と、あの唯一無二の音が響き渡った。再び、歓声が沸き起こり、
ジョンはフレディやロジャーやみんなにもみくちゃにされた。
ジョンも心から輝くような笑顔を見せ、元気な笑い声を出し、ここしばらく、自分も
そんな笑い方をしていなかった事に気がついた。

 その夜のライヴは、大盛況となった。クイーンは、過去にないぐらいキレまくって
いた。フレディの天空に突き抜けるような高音、地の底から湧き起こるような低音、
妖艶な悪魔が呪文を唱えるかのような早口、堕天使が救いを求めるようなせつない叫
び、ミューズの吐息としか思えない甘いささやき、
観客を幻惑の世界へ引きずり込むアピールも鬼気迫っていた。ロジャーの、聞き慣れ
てしまうと、他のドラマーの同じ1拍が長く聞こえるようなハジケたリズム感、
他人には規則がはかれない、どうしてそこがわかるのかという間の取り方、骨の髄か
らゆるがすバスドラム、爆発するかのようなシンバル、
痛快に「ズシャ」っとアクセントを入れまくる特有のハイハットとスネアドラム、そ
れらをたたき出すアクションそのものも、人外の者が乗り移っているかのようだった。
ブライアンのレッド・スペシャルはまさに魔法としか言いようがなく、激しい曲で
は、神が人間に許した最高の速度と精度とも思えるほどの常軌を逸した様相を見せ、
静かな曲では、本当に音楽の神が天使の羽根でそっとふれて人間の懊悩や日々の苦痛
を溶かすかのように、涙すらにじむほどのやさしさと深遠さで1人1人の心にしみ渡
った。
いちばん目立たずおとなしいジョンのベースが、狂ったように踊り回っているはずの
ブライアンのギターやロジャーのドラムやフレディのヴォーカルに
なんなく自然にぴったり寄り添うように合わせ、それでいてちゃんと自分のペースで
歌っている事に、気づいた観客も少なからずいた。

 演奏を終え、楽屋に戻って4人だけになった事に気づくと、クイーンは顔を見合わ
せ、誰からともなく笑いだした。
これまた、誰が言い出すでもなく、手を差し出してガキッと4つ重ね合わせた。
「ブライアン!おめーがそんな顔で笑ってるの、ひっさしぶりに見たぜ!」 ロジ
ャーが言う。
「…ぼくなんか初めて見たよ!」 ジョンが言った。「ブライアンがぼくのところに
寄って来てくれてさ、動きを合わせてくれて
 グワアーン!っていっしょにキメた時の、本当に楽しそうな笑顔!…ウソみたいだ
よ。本当に別人じゃないかって思っちゃった」
 ブライアンは本当に、今まで憑依していた悪霊が音楽といっしょに溶けて出て行っ
たかのような、晴れ晴れとした表情をしていた。
陰鬱で鋭いだけだった目に、やさしさすら感じるような、奥深い光が宿っていた。
「クイーンの”アート”の意味がわかった…」 ブライアンはそう言った。
「ふふ…そりゃけっこう」 フレディが意外と静かに言った。
「今までの事を…許してほしい」 ブライアンがそう言って、神妙にうつむいてしま
った。
「はあー?なにを許すって?」 フレディがライヴパフォーマンスそのもののよう
な、観客に声が聞こえないとアピールする時のような動作でおどけた。
「怖かったんだ…」 ブライアンが、ボソッとそう言った。
「あ?なにが?」 ロジャーが、本当に意味がわかっていない様子で言った。
「きみらが、あまりにも…あまりにもおれの心の中まで入ってくるから…みんなあま
りにも素敵で、あまりにも天才で、あまりにもフツーじゃなくて…
 あまりにもあたたかくて…のめりこみ過ぎるのが怖かった」
「…バンドがダメになってしまった時の事を考えて?」 ジョンが慎重にそう訊ね
た。ブライアンは、こくっとうなずいた。
「おれがのめりこむと、だめになってしまうような気がしたんだ…」
「…ったくも〜、しんきくせえなぁ、あんたは!ダメになるとしたら、オレたち4人
全員がアホだからに決まってんだろ!」 ロジャーが笑って言う。
「おれたちが、ダメになるわけないじゃない!」 フレディがうけあう。
「だから…売れるまで、軌道に乗って、もう安泰だと本当に確信できるまで、おれ
は、きみたちに心を許すのが怖すぎた…
 いったん心をひらくと、もうすべて捧げてしまいそうだったから…」
「で? 今は?」 とフレディがいたずらっぽい笑みを浮かべて訊ねる。
「…もう手遅れだね。ダメになったっていいから、ブライアン・メイはクイーンにす
べてを捧げるよ」
「だから! ダメになんかならないってば!」 フレディがチャーミングな声を立て
て笑う。
「で…写真は?」ジョンが、おずおずと訊ねた。「どうして、あんなにイヤだったの?」
「…残るじゃないか…」 ブライアンが、ほとんど聞き取れないような小声で、そう
言った。
 ロジャーは”Smile”時代ティムと3人で撮った写真を、ブライアンが、もう
ほとんど見る事はないけれども、まだ大事に持っている事を知っていた。
「残すだけ残して、気に入らない部分は、振り返らなきゃいい。それだけの話じゃな
いか」 とフレディが言った。
 ―― そう言えば、フレディだってティムと親友だったんだよな…だからブライアン
とロジャーにも紹介されたわけだし… とジョンは思った。
「ジョン、きみは、本当にどうかしてる」 突然、ブライアンがそう言った。
 いきなり自分に話題をふり向けられて、ジョンはあわてた。
「へ…へっ?」
「…おれのギターのために…いや、バンドの演奏のためにあそこまでやる人間を、初
めて見た…」
「いやー、確かにあれはクレイジーだ。ただのバカだぜ、バカ」 ロジャーが、ふざ
けているのか真剣なのかわからない顔で言う。
「もう二度とごめんだからね、あんなのは!」 フレディがじいっと、くいいるよう
にジョンの目を見て訴える。
「だ…だって、あれがぼくの”アート”だから」 ジョンは、どもりながらも、少し
胸を張って、静かにそう言った。
「そう…今まで、みんな自分の”技術”って意味での”アート”と、それ以上の意味
での”アート”を毎日見せてくれてたんだ…それなのに、おれは気づかなかった」
 とブライアンが言った。
「おいおい、ブライアンがコムズカシイ話をおっ始めたぞ。なつかしいな、この感
じ」 ロジャーがひやかす。
「フレディもロジャーもジョンも…クイーンのために自分の持てるすべてを…技術
を、精神を…注ぎ込んでるんだ…それがクイーンの”アート”だ」
「…あんたの話は相変わらず、よくわかんねえな。たとえば?」 ロジャーが遠慮な
くツッコむ。
「たとえば…フレディの、あのダルタニャン帽子」
 フレディが、無言で満足そうにうなずいて笑った。
「その件で、おれの失言に対してぶつけたジョンのカンシャク」
 ジョンも、ちょっと肩をすくめて笑ってみせた。
「それから…ロジャーが、ジャックのヤツに投げつけたボトル」
「はあ…」 ロジャーが、いささかマヌケな返事をする。
「その他にも…毎日の会話、やりとり、目配せ…いろんなところに、あふれ返ってる
よ、クイーンの”アート”は」
 ブライアンは、本当に今までがウソのような、”おだやか”という表現すらできて
しまうような深みのある目で、みんなを見た。
「そう…すべての場所にね」

 ―― で… まさか、ブライアンのいつ果てるとも知れぬ長話を聞いてやる事も、そ
の”アート”のうちに入るとは、ジョンは予想だにしていなかった。
 ツアーの予定をすべてこなし、再び、空路イギリスへ戻る機内で、ジョンはブライ
アンと隣の席に収まり、道中、ずっと音楽談義をたたかわせ…
いや、9割がた、ジョンがブライアンの音楽談義を「聞かされて」いた。
 ジョンの事だから、じっと聞き手に回る事は苦痛ではなかったし、むしろ興味深く
もあったけれども、それにしても、そのブライアンの根気の良さと言うか
底の見えない懐の深さと言うか、引き出せば(いや、引き出さなくても勝手に)いく
らでも出てくるような持論、思想、哲学、方法論…それには
今までとのギャップがスゴ過ぎるだけに、多少、舌を巻いた…というのも、事実だった。

「あのさあ…フレディ」 また、まるで自分の家かのようなくつろぎ具合で座席にふ
んぞり返っているロジャーが、隣席に向かって言った。
「ブライアンが元に戻ったのはいいけどよお…」
「うん」
「ジョンのヤツ、あれじゃ写真、撮れねえよなあ」
「でも、ツアー中に、またなん枚か撮ってたみたいじゃない?」
「ブライアンの写真もちゃんと撮ったのかねえ?フレディ、知ってっか?」
「さあ…それより、きみの”おしりクイズ”の結果が楽しみだね」
「せっかく忘れてたのに…」

 その後しばらくして、クイーンがジャック・ネルソン氏に手厳しい「別れの歌」を
贈呈して手を切り、自らのマネジメントに乗り出す事は、有名な話である。
 ちなみに、このツアーの行きがけの「喧嘩上等クイーン」の模様は、当時の事務所
からの圧力でもみ消され、記事にはならなかった。
と言うより、同行していた女性記者への、フレディの愛にあふれる嘆願の方が効を奏
したもようである。
 ジョン・ディーコン氏の「夜露死苦メカドック事件」も、事務所的にマズい上に、
バレたらディーコン氏の機械工学の学位が剥奪の憂き目に遭うため
その後も秘密が厳守された…
 ブライアンの”過去”についても…その後、メンバーが面白半分にでも口にする事
は、ついぞなかった…なぜなら…
それがクイーンの”アート”だから…

 そして、そのクイーンの”アート”がその後20年…いや、未来永劫の長きに渡っ
て世界中を感動させ続ける事もまた、有名な話である…


 Yukari SHIMA
 SAT. 5 APR. 2003

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