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秘密の花園

Written by なぼじんさん

インドでわがままいっぱいに育ったフレデに、突然孤独が訪れた。フレデはエゲレスに住んでいる、神経質で有名なギタリスト、メイおじさんに引き取られる事になった。

お屋敷で働いているデコンは、フレデの身の回りの世話をいいつかった。この日、メイの言いつけでデコンは駅までフレデを迎えに行った。駅は、大勢の人でごった返していたが、その中で、少しのけぞり気味に背筋を伸ばし、人々にキツイ眼差しを送る青年の、ダイヤ柄の大胆なタイツ姿がひときわ目を引いた。デコンは迷わず、その青年に近づいて行った。真っすぐな気配を察知してか、フレデは人懐こい瞳を投げかけ、デコンに言うのであった。
「アンタがアタシの洋服を着せてくれたりするのネ?」
その言葉を聞いたデコンは顎がはずれるほど驚いたのであった。しかし、屋敷に到着するまでに二人はすっかり打ち解け、デコンはメイおじさんに、フレデの到着の連絡も、挨拶をするのも忘れ、この魅力的な青年に屋敷の中を案内して回った。
突然二人の背後でドアがバタンと開き、神経質な声が屋敷の廊下に響いた。
「屋敷内や廊下をウロウロ歩き回るのはやめてもらいたいね。」
みれば、蜘蛛のようにすらっとのびた手足が印象的な人物が、眉間にシワを寄せ不機嫌そうに立っていた。これこそがメイおじさんだった。
その夜、フレデはベッドの中で一日を振り返っていた。すべてのものがインドとは違っていた。風さえもエゲレスは湿っぽかった。その風の音にまぎれフレデは子供の泣き声を聞いたような気がした。

次の日の朝、フレデはトウシューズの編み上げが上手く行かずイライラしていた。ここエゲレスでは、誰もフレデの着替えを手伝ってくれなかったのだ。白いサンダルに目がいった。いっそのことあれを履こうか。がすぐ、その考えを打ち消した。タイツ姿にサンダルだって?バカ言っちゃいけないよ。ようやくトウシューズを履き終えるとフレデは気分転換に庭の散策をする事にした。彼は自然に親しむ事がとても好きで、インドでも退屈な家庭教師をおっぽって、飛び出す事もしばしばだった。
そして、見つけたのだ。蔦の絡まる閉ざされた庭を…さらにその場所をフレデは「秘密の花園」と名づけた。とはいうものの、こんな大発見を黙っていられるフレデでは無かった。さっそくデコンに、この秘密を打ち明けた。これを聞いたデコンは、開いた口が塞がらなかった。
(ここで働いている自分が知らないはず無いだろう?)
しかし、あまりにも彼が幼子のように悪戯っぽく瞳を輝かせ、大はしゃぎしているのを見ると、何も言えないのだった。フレデには人にあれこれ言わせない、たとえそれが、ひどく馬鹿馬鹿しい事だと分かっていてもそれを否定させない不思議なところがあった。
昼間の大発見に酔いながら、この日もまた、ベッドの中でフレデはかすかに子供の泣き声を聞いた。明日は確かめてみよう、そう思いながら、いつしか深い眠りにおちていった。

朝食のテーブルにつくと、フレデは頃合いを見計らい、「泣き声の主」についての疑問をメイおじさんに聞いてみた。メイおじさんは「うちにはそんな子供はいない。知らない。」のいってんばり。デコンに聞いても目を伏せるだけなのだった。何かある。人に言えない”何か”を二人は隠している…フレデは決心した。この謎を解き明かしてみせる事を。
フレデは夜が待ち遠しかった。その夜、暗い廊下の突き当たりに下ろされた分厚いカーテンの前にフレデは立っていた。カーテンの向こう側から時折聞こえる下手糞なギターの音。それが止んだかと思うと、思い出したかのようにヒステリックな声が聞こえてくる。フレデは、思いきってカーテンを開けた。するとどうだろう、そこにはドアが。再び決心してドアを開けると、またカーテンが下ろされている。こう行った状況の繰り返しを充分に楽しみながら彼が屋敷の奥へと進んでいくうち、泣き声は、やがて壁を打ちつけるドンドンという音にとって代わった。
ドンドン…ドンドン…ドンドン…
音はいよいよ大きくなり最後のカーテンを払いのけた瞬間、壁を叩く金髪の青年の後ろ姿が目に入った。ドンドン…ドンドン…その、か弱そうな後ろ姿からは想像がつかぬ程正確な力強いリズムに、フレデは思わず合いの手を入れてしまった。
ドンドン(パッ)ドンドン(パッ)
小気味良いリズムにいつしかフレデは歌い出しているのだった。フレデが歌い終わると「泣き声の主」は、頬を高潮させ振り向くと言った。
「僕はロジャ、ギターを習っているんだけど全然ダメなんだ。上手く出来るまで部屋から出してもらえず、いつもヒステリーを起こして泣いていたんだ。僕にはギターは合わないんだよ!」
彼は、むしろ自分に言い聞かせるように強く、そう言い放つと拳で膝を打った。フレデはロジャの澄んだ青い瞳を見つめて言った。
「君は根っからの、太鼓叩きだよ!」

この事があってから、フレデはメイの目を盗んではたびたびロジャの部屋を訪れるようになった。しかしフレデはこの秘密をどうしても黙っていることが出来ず、ある日、デコンに話した。デコンはお屋敷のタブーには、かかわりたくなかったので、くれぐれもメイおじさんに知られないようにと釘をさした。それから数日後、フレデはとんでもない事を言い出した。ロジャを「秘密の花園」へ連れ出すと言うのだ。
「ロジャの、あの体形はどうだ、腹だけが、ブヨブヨしてるじゃないか!それというのも、ここ数年、自分の部屋から外へ一歩も出してもらった事がないからだ。」と彼は言う。デコンは事の起こりをフレデに話す時が来たと確信した。

事の起こりは、数年前のロジャの誕生日にさかのぼる。その日、パーティは、バラに囲まれた庭園、そう、フレデが「秘密の花園」と名づけた、今は蔦のからまるその場所で開かれていた。ロジャは、ここで、メイからプレゼントされたギターの演奏を披露したのだった。ところが、あまりにもひどいロジャのプレイに絶望したメイは、以来この場所をひどく嫌うようになり、ギターの下手糞な彼を人前に出すのをひどく嫌がるようになっていったのだ。その場所へフレデは、ロジャを連れてこようと言うのだ。デコンは反対した。もし、メイの気にでもさわったら…デコンはあの冷ややかな目と眉間のシワを思い出した。
ふいに、フレデは植木鉢を一つ手に取ると、それを地面に叩きつけた。それは、デコンが大切にしていたチューリップの鉢だ。
「なんて事を…。」
デコンは、思わずしゃがんで、バラバラに砕け散ったかけらを拾い集めた。すると、フレデはその中の一つをつまんで言った。
「いいかい?これは善悪のかけらだ。そしてこれは、罪のかけらだ。」
フレデは、自分に何かを伝えようとしている。デコンはそう感じた。
フレデは、遂にメイおじさんの留守を見計らってロジャを「秘密の花園」へ連れ出す事に成功した。「秘密の花園」はロジャの心の傷を癒してくれるのに充分過ぎるほどのエクスタシーを与えた。デコンはもはや、何も言う事は無かった。三人はとてもすばらしい時をすごしていたから。
「僕、僕初めてだよ、こんなすばらしい気分は!」

しかし、この日メイは、忘れ物に気づいて出先から帰って来たのだ。屋敷へ戻ってみると、閉ざされているはずの庭から音楽が流れ出しているではないか。
「どう言う事なんだ?」
眉間にふかぶかとシワをよせつつ、メイの足は、庭園から流れ出している魅力的な音に引き寄せられて行く。のびやかな張りのある歌声、でしゃばらないベース、力強い生命力に満ちた太鼓の音。
「秘密の花園」の蔦の絡まった扉を…自らが閉ざしてきた扉を開けた時、彼は一瞬目を疑った。青白く病的なロジャの生き生きとした姿がそこにあったからだ。しかし…しかし…何かが足りない。メイは感じた。そう、それは、ソレは…私のギターだっつ!
彼は秘密の花園に一歩足を踏み入れると、背中のギターを下ろし、庭全体に響き渡る様に弾き放った。ギュイ〜ン!こうして、4人はいつまでも「秘密の花園」で演奏を続けたのだった。

<おわり>

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