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人魚姫

海の底に、それは美しい人魚が住んでいました。
彼女の尾ひれときたらいつもエメラルド色に輝いていて、
綺麗な声で歌いながらくねくねと身を捩らせて踊る姿は注目の的でした。

ある日水面に出た彼女は、船の上にいる金髪のハンサムな王子にひとめぼれ
してしまいました。王子の奏でる太鼓のリズムは彼女の心をうち震わせたのでした。

「人間になって、彼の側に行きたいのです」
人魚姫は魔法使いを訪ねてその方法を問いました。
「あんな奴のどこがいいのさ。君にはこの僕のような、黒髪で黒い瞳の男が似合うに
決まってるよ。それに君以外の誰が僕のピアノに合わせて歌ってくれるというんだい!」
魔法使いは丈夫そうな二枚歯をぎしぎし軋ませて思いとどまらせようとしますが、
一度言い出したら聞かない姫の睨み顔に負けてしまいました。
「それじゃ、その声をもらうからね」
姫は悩みましたが、声と引き換えに2本の足をもらいました。

ある朝、鼻歌まじりに散歩していた王子は、海岸に打ち上げられた美しい女性を
発見しました。彼女はエメラルド色の水着のようなものを身に纏っているだけで、
露になったほっそりした素足は目の肥えた王子の眼鏡に適うに充分でした。
早速彼は姫を城に連れて帰りました。

彼女は声がでませんでした。しかし、王子の太鼓にあわせてそれは上手に
踊ることができたので、王子はすっかり彼女が気に入って、いつも一緒に
いたがりました。人魚姫はとても満足でした。

ところが、王子が隣国の姫と結婚することになりました。
『王子と結婚しなければ海の藻屑になるんだよ』
魔法使いとの約束です。
船上での結婚式の日、隣国の姫がギター片手にか細い声で歌うのをきいて、
人魚姫は悲しくなりました。
「ああ、私のほうが上手に歌えたのに…」
でも彼女は心の痛みをこらえて、いつもどおりにっこり微笑むと、
彼らのために自慢のダンスを披露しました。
その魅惑的な腰つきを、王子を始め招かれた各国の王たちも絶賛しました。

そのあと人魚姫は静かに甲板にでて、海に身をなげました。

…気が付くと、温かいベッドに寝かされていました。
目の前には、パーティーにいたアラブの大富豪の顔があります。
「やあ、気が付いたかい?」
「あ…ここは…」
いつのまにか声も出るようになっていました。
魔法使いに良く似たアラブの富豪は、形のよい口髭をしごきながら笑顔で彼女に話し掛けます。
「ひどい目にあったねえ。でも大丈夫。僕の国でいつまでも幸せに暮らそう」
「…でっ、でも私は…海の藻屑になる予定なのですが…」
「何、もずく? そんな物後でたらふく食べさせてあげるよ。国にはモスクだってある」
「違いますってば…あ…」

その後の二人を見た者は誰もいないということです。
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