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ブライアンとジョン 〜僕らは似たもの同士(?)〜

Written by ねこ娘さん

気がつけば、控え室はブライアンとジョンだけになっている。
ブライアンは鏡の前に坐り、背中を丸めてメイクをしている。
大したメイクもしないくせに、とりあえずそれらしいことをしないと
落ち着かない性格らしく、目張りを描いては消し描いては消しをくり返し、
結局何もしないで舞台に立つというのが彼のパターンだ……と端で見ていてジョンは思う。
どうせ、ブライアンはギターを弾くんだ。下を向くから顔は見えない。
僕と同じ……同じという言葉が浮かんで、ジョンは鼻をこすった。
ジョンは、ソファに坐っている。さっきから、何度もくしゃみをしたり、
鼻をかんだりしている。クッシュン……と、また。

「どうしたんだい、ジョン? 風邪でもひいたの?」
鏡に映ったブライアンがジョンを見て言った。
ジョンはちょっとビクッとして顔を上げた。
「う、うん……この季節になるといつもこうなんだ」
「そうか……僕も子供の頃はそうだったな。よく鼻の頭を真っ赤にしてたんで、
赤鼻のトナカイってからかわれたっけな」
「え……ブライアンも」
ちょっと、かげりがちなジョンの顔が明るくなる。
「実は……僕もそうなんだよ」
ジョンは恥ずかしそうに頭をかいた。で、またくしゃみをして鼻をかむ。
「なんだ、ジョンもそうかい! どこでも鼻の頭を赤くしてるヤツのあだ名は同じ
なんだな。うるさいぞ! クリスマスになってもお前んちにプレゼントなんか配達
してやんないからな!ってよく言い返したもんさ」
「ブライアンらしいな。僕なんか腹は立てても、口は君ほど立たなかったから、
いつもむくれてるだけさ。この時期なんてあまり外でも遊ばなかったね」
「ああ、それは同じだよ。勉強の虫をやってたのさ。
おかげでこの時期の試験はだんとつさ」
「はは、それ、僕も同じだ」
「でも……ジョン、それじゃあライブ中きついんじゃないか?
うつむけないんじゃない? どうするの」
「……うん、そうだね。特に今日はひどいから、どうしようかって困ってるんだ。
さっきまでずっと我慢してたんだけど……」
「そうだなぁ……僕は大人になってすっかり治ってしまったけど……ひどいときは辛いよね」
「わかってくれる?」
「もちろん。僕も苦労したから」
「病院に行っても治しようないし……。マスクしろって言われるくらい。
あとは手術って手もあるらしいけど、そこまで大袈裟にしなくてもいいかなぁって
思って……」
「僕が母さんに言われたのは、とにかく乾燥を避けることだよ。で……あ、
ちょっとジョンも試してみなよ。ライブ中はなんとか乗り切れるかもしれないよ」
「どうするの?」
「こうするのさ……ちょっといいかい?」
ブライアンは数枚の鼻紙を手にして立ち上がった。

「な、何するのさ……ちょ、ちょっと!」
「大丈夫だって、これはなかなか効くよ。これで一時だけくしゃみと鼻水もとまるよ」
「だ、だけど、こんなのイヤだよ! 恥ずかしいよ!」
「いいから……ささ、もっと奧までつっこまなきゃ」
「い、痛いよ! ブライアン!」
「あ、ごめんよ。じゃあ、自分でやってみなよ、僕が手本見せるから。
ゆっくりやれば痛くないよ。かなり奧までつっこまなきゃ効果ないよ」
「……」
「その目……疑ってるの? ライブ中にくしゃみが止まらなくなっても知らないよ。
鼻水が出てきても知らないよ。僕は構わないけど、フレディが何て言うかなぁ」
なぜか、フレディの名前を出されると弱いジョンであった。
「わかったよ。やってみる……どうするの」
「ほら、よく見といてよ。こうやって……ず〜と奧まで」
「ず〜と……」
「そうそう……」
「……こう」
ジョンはブライアンに倣ってやってみた。自分と同じように、丸めた鼻紙をおもいっきり
鼻につっこんでいるブライアンがいる。二人とも、とても難しい顔をしていた。
ブライアンが、そのままの顔で頷いた。
「うん、それでいいよ。そうやってライブ中もいれとけばなんとかしのげる。
ティッシュは外に出た分を切っちゃえばわからない。君はずっとうつむいてるしさ」
「……でも、フレディが何て言うか」
「フレディも気づかないよ!」
「そうかなぁ」
「ほら、鏡見てみなよ。僕がうまく切ってやるから……」
とハサミを持ったブライアン。

そこに、フレディが入ってきて……
三人はお互いの顔をじっと見合わせる。
「な、何してるの……二人で」
フレディの顔が少し引きつってるように見えた。
「あ、あのフレディ!」
ジョンが少し鼻づまりの声で咄嗟に事情を説明しようとしたが、
言うが早いかブライアンが先に口を開いた。
「フレディ! 入るときはノックぐらいしなよ!」
数回素早くまばたきをしたフレディが、黙って二度うなずいた。
「あ……ああ、そうだね。ごめん……」
まるで部屋を間違ったというように、フレディは慌ててドアを閉め、出ていってしまう。
その後すぐ、ドタバタという取り乱した足音が廊下から聞こえてきた。
「フレディ……また出ていったね」
ジョンは何かイヤな予感がした。
「ああ」
ブライアンはテーブルの上にあったピーナッツをこともなげに口に放り込んだ。

「ロジャー! ロジャー!」
甲高い声が、ドラムのチューニングをしているロジャーの背中に迫ってくる。
ああ、まただ……と彼は思う。
「なんだいフレディ。また蜘蛛が出たのか? それとも、今度はゴキブリが出たのか?」
「ご、ゴキブリよりおっかないよ! ジョンがブライアンに変なことをされてるんだ!」
「え〜?」
「おかしな儀式だよ、あれは! いったいブライアンは何に傾倒してるんだ!」
「はぁ? ブライアンってなんかそんな変な宗教に入ってたっけ? 聞いてないな」
「と、とにかく僕と来てくれよ!」

フレディとロジャーは外に出て、控え室の窓の横に立つ。
「この窓からそっと中を覗いてごらん」
「……うん」
ロジャーが僅かな隙間に顔を押しつけるようにして中を覗いた。
「何が見えた」
「ブライアンとジョンのラブシーン……」
「え! 何だって!!」
血相を変えたフレディはロジャーを乱暴に押しのけ、外から窓を開け、
窓枠に足を引っかけた。
「おい! ブライアンいったいどういうつもりな……んだい??」

そこで、土を払いながら起きあがったロジャーが、フレディの頭越しに
中の様子を覗いて咄嗟に口を覆った。色男の顔が一瞬崩れた。
ロジャーがそこで見た物は、鼻紙を思いっきり鼻の穴に詰め込んで、
普段より大きくて赤くなった鼻をした二人の顔だった。
おまけにジョンは涙まで流していた。
ジョンとブライアンはでも、真面目な顔をしてこっちを見ている。
しばらくしてフレディもおかしくて笑い出したが、どうもジョンとブライアンの
あやしげな様子が解せなくて、いつもほど思いっきり笑えないようだった。

しかし、おかげでライブ前のテンションは最高潮になった。
だが、ロジャーはドラムを叩きながらも、ジョンの方をチラリと見ては吹き出していた。
何カ所か間違ったりした。と、いうのも、ちょうどロジャーの位置からジョンの鼻に
詰まっている白い物が見えるためだった。
それは、フレディにしても同じだった。その日、やたらフレディはジョンに接近する
回数が多かった。歌いながらも吹き出して、咳き込んだりした。
ジョンとブライアンだけが、この日ひたすらライブに集中していたのだった。

「ブライアン、今日は君のおかげで助かったよ。ライブ中は鼻のことは気にならなかった。
少し息苦しかったけどね」
ライブ後の、パーティの席でジョンはブライアンに言った。
「あれ? まだそれ詰めてるのかい」
「うん。これが終わるまでね。もうすぐ帰るよ。……それにしても、ブライアンの
お母さんのやり方って少し乱暴で原始的だって思ったけど、これがやっぱり一番いい
みたいだね、鼻炎には」
「ああジョン……それね」
「うん?」
「その話、嘘だよ。僕の母さんはそんな下品なことはさせなかったよ」
「……!?」
「あれね、僕が子供の頃いたずら半分にやってたことなんだけど、いつも母さんに
叱られてたのさ。そんなことしないでちゃんとマスクしとけって言われたね」
ブライアンはボーイが持ってきたトレイからサンドイッチを取ると、ふふっと肩で笑って
近くにいた友人の所へ行ってしまう。

ジョンは人の間を縫ってパーティ場を後にしようとしたが、途中で酒に酔ったクルーに
つかまり、テーブルに着かされた。おまけに、そこにビデオ撮影のカメラまでやってきた。
ああ、もういい。もう、どうだっていいのさ。僕は……
ジョンはテーブルにあったグラスを手にして、鼻の詰め物だけは写されないように
カメラに気を配りながら、そのまま床に寝そべってテーブルクロスの中に入ってしまった。

 ――あ、どっかで見た風景……。ま、いっか。
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