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IT'S A HARD ××× LIFE

今日も店の前をあの人が通った。
最近、なんだかおかしい。とっても胸の辺りが苦しい。
ああ、僕はもう長くは生きられないのかもしれないなぁ……
ならば、せめてもう少し、あの人と仲良くなりたいなぁ。
「おいマリオ! 何をボーっとしてるんだい! お客さんだよ!」
あ、いけない、いけない。また店長に叱られてしまった。
「いらっしゃいませ」
あ、初めてのお客さんだ。
「あの〜……」
このお客さん、どこかで見たことあるような気がする。ま、いっか。
それにしても、なんてナイーブそうな人なんだろう。
細くて弱々しくて、抱きしめると壊れてしまいそうだ。
またあの人とは違う魅力を感じてしまう……。
いけない! 僕ってば仕事中に不謹慎なことを考えてしまった。
どうしたんだろう! 僕は最近本当におかしい! バカバカ、マリオのバカ!
「あの〜……大丈夫ですか?」
「は?」
「何だか、顔が赤いですよ……汗まで出てるし。熱でもあるんですか?」
「え!? ……い、いや何でもないですよ、お客さん」
「そ、そうですか……」
「今日はどうなさいますか?」
「あの〜……」
「はい」
「ちょっと軽くパーマをかけたいんですけど、僕に似合うようにやってもらえますか?」
「はい、かしこまりました。こっちへどうぞ」
――柔らかい髪だな。これはヘアドライヤーの時間に気をつけなきゃ。
普通より弱めにした方がいい。
「こんなもんでいいですね。じゃあ、後はあちらの方で……」
ああっ! あ、あれは! 今店に入ってきたのはもしかしてっ!!
やっぱりそうだ! あの人だ! 今日も見るだけっだって思ったのに、
お店に来てくれるなんて!!
「あの〜僕、それからどうすれば……」
「あ、ごめんなさい。えっと、あっちの椅子に坐って、暫くドライヤーかけててもらいます」
ああ、何だかドキドキする! 心臓が口から飛び出しそうだ! 
このお客さんには悪いけど、それどころじゃないや。
あ! あの人、僕の方見てくれた! 相変わらずかわゆい目をしているなぁ。
「やぁ、この前の君! また君にお願いしにきたよ」
わあ、僕のこと覚えてくれてたなんて!
「マリオって呼んでください」
「僕はドンチャックとみんなから呼ばれてるんだ。よろしくね」
え? あ、握手を求められてる。
どうしよう! この人の手を握って僕は平然としている自身がない……
ああ、どうしよう。ああ、ああ……目眩がする。やっぱり僕は何か変だ。
これじゃ、ハサミも持てやしないよ。
「どうしたんだい? 何だか苦しそうだね」
「い、いえ平気ですよ」
「そうかい? それならいいんだけよ……君の悲しい顔見てると、なんだかこっちまで
辛くなってくるような気がするんだ」
な、なんて優しい人なんだろう! 僕のこと、そんなに心配してくれるなんて!
それにその笑顔は僕には眩し過ぎます……
「ねぇ、やっぱり平気じゃないみたいだよ。熱でもあるんじゃない? 
ちょっとこっち来てみて」
あああーっ! な、何をするんですか! 真っ昼間からこんな公共の場で! 
いけませんよっ!!
ああ……僕の額があなたの額に!!
げ、幻覚が見えます……神様……あぁ〜
「わあっ! だ、大丈夫かい! マリオッ! 大変だっ! マリオが倒れちゃったよ!!」

数分後、店に救急車が到着し、マリオはそのまま運ばれて行った。
「ふ〜、良かった。救急隊の人の話だと、大事はないみたいだ。びっくりしちゃったよ。
店長、ちょっとは従業員にも気を配らなきゃダメだよ。きっとマリオは疲れてるんだ。
何でも、彼、記憶喪失だっていうじゃないか! もっと優しくしてやらなくちゃ! 
ひどく傷ついてるにちがいないよ。今度こんなことになったら、業務上過失で逮捕するよ!!」
ドンチャック刑事は救急車を見送りながら汗をぬぐった。
程なく、店から女性従業員の悲鳴がきこえる。
「うん! 事件か!?」
慌ててドンチャックが飛び込むと、店の中がやけに煙っている。
「お、お客さんが! お客さんが爆発しました!」
「何だって?」
煙をかき分けて店の奧に行くと、頭に被るタイプのドライヤー装置からモクモクと
煙が出ている。そして、その下で人が倒れていた。
うつ伏せになっていて顔が見えないが、ドンチャック刑事はそれがすぐに
バタピー刑事だと直感した。
「ば、バタピーじゃないかっっ!!」
俊敏な動作で駆け寄り抱き起こす。
「バタピー! バタピー! 僕だよ、わかるかい? 目を開けておくれ!」
「あ、ああドンチャック刑事……」
「そうだよ、僕だよ。わかるんだね?」
「ぼ、僕の髪型……ど、どうなってます?」
「へ……?」
少しドンチャック刑事は身を引いてバタピーの姿を冷静に見据える。
(あ! た、大変だ! バタピーらしくない髪型になってる……爆発している!)
「変ですか?」
「い、いや……バタピー……あの……とっても」
「とっても?」
「とっても……とってもセンセーショナルな髪型になってるよ!! いいよ。
すっごくいい感じだよ!! キューピー達がなんて言うかしれないけど……
僕は大好きだよ! 誰が何と言おうとも、僕は君が大好きだよっ!!」
思わずこんなところで告白してしまうドンチャックであった……が、バタピーは
すっかり気を失っている。
「あ〜ぁ!! バタピー大丈夫かい!!」
ドンチャック刑事は慌ててエンジェルリュックから無線を取り出した。
「キューピー刑事、キューピー刑事! こちらドンチャック! ただちにパトカーを
回してくれ! バタピーが大変なんだ!――さあ、もう大丈夫だよ、バタピー! 
すぐにキューピーが来てくれるからね」
ほどなくして、到着したキューピー刑事の、F1カー並にスピードの出るパトカーに
乗り込んだ二人は、さっきマリオの運ばれた病院に向かった。

数日後――

僕は本当に幸せだ!
だって……
あ、ノックの音だ!
「やあ、気分はどう?」
ドンチャックは、昨日も来てくれた。僕のために……
嬉しくて、僕は泣いてしまった。
「おかげさまで、すごくいいです。何もなければ、明日退院できるみたいです」
「そうかい。それはよかったよ。君が退院しないことには、僕の髪をカットしてくれる
人がいなくて困るからね」
そ、そうだ! この人の髪をカットするのは僕しかいないんだ!
気絶なんてしてる場合じゃないぞ! マリオ、もっとしっかりしなくちゃ!
で、でも、この人の瞳に見つめられると……ぼ、僕はどうしても正気じゃいられない……
どうしてだろう? な、何か僕の過去と関係あるんだろうか? なぜだ? なぜだ? 
どーしてなんだぁぁ!!
「……うっ! あ、頭が!」
「マリオ、どうしたの?」
「頭が痛い……」
「マリオ……焦っちゃだめだよ。落ち着いて」
「ど、ドンチャック……」
ああ、不思議とあなたがそうやって手を握ってくれると……キラキラした瞳で
見つめられると……何か、昔のことを思いだしそうな気がする。
僕は、いったい何者だったんだろう?
「マリオ、この際だから、仕事のことは忘れてゆっくり休むといいよ。僕はそれまで
髪は切らないことにするからね」
「ありがとう……ドンチャック」

マリオの病室を出たドンチャック刑事は、その足でバタピーの病室に向かう。
「ハ〜イ! バタピー! 元気でいたかい。君のいない署はまるでバラの咲かない冷えた
温室みたいで、淋しいのなんのって……会いたかったよ」
「そんな大袈裟な、まだ二日目じゃないですか」
「火傷の具合はどうだい?」
「大したことないみたいです。もう二、三日で退院できるそうです」
「それはよかった! 君が退院したら盛大にパーティを開こうね」
「いいですよ、そんな気を使わなくて。それより、理髪店の店員さんの具合はどうですか?
さっきパトロール途中にキューピー刑事がお見舞いに来てくれて聞いたんですけど……」
「ああ、マリオだね。さっき部屋に行ってきたけど、元気そうだったよ。
……でも、何だか彼は過去に問題があるようだね」
一瞬、ドンチャックの顔がかげったのをバタピーは見逃さなかった。
「ドンチャック刑事……確か、彼、記憶喪失って言ってましたね」
「うん、だから傷つきやすくて……淋しがり屋みたいだね。できれば仲良くなって
励ましてやりたいなぁ」
ドンチャック刑事がベッドの横に坐り、シーツの端をいじりながら呟いた。
「ドンチャック刑事……彼には充分気をつけてくださいね」
「どうしたんだよバタピー、そんな恐い顔して。マリオはあやしいヤツじゃないよ」
「だといいんですけど……」
実は、先日あの理髪店に行ったのは、マリオの偵察のためだった。
ドンチャックに何度か話を聞いたことがあるし、マリオの顔も遠目に何度か見ていた。
どこかで会ったことがあるような気がしたが、バタピー自身まったく思い出せない。
でも、その名前を聞くと、とても不安な気分になってくる。
この不安はいったい何なんだろう? それは、まだバタピーにはわからない。
でも、そのためにこんな髪型になってしまったことを、バタピーはひどく後悔していた。
そこへ、ファイアー刑事がやってくる。
彼は、バタピー刑事の髪型を見るなり、吹き出しそうになった口を両手で塞いで、
また病室を出て行ってしまった。
「………」
バタピーはその様子にひどく傷ついた様子で、ガックリと首を折った。
「あ、あのバタピー! あ、あれはジョークなんだよ! あれは彼なりのユーモアさ!」
「いえ、ファイアー刑事は正直な方ですから。こういうことに対する反応は素直に出て
しまうんでしょうよ」
そこへ、パトロールを終えたキューピー刑事が意気揚々と入ってきた。
「ハッハー! ファイアーがさ、バタピーが僕と同じ髪型になってる〜って言って、
ロビーで腹抱えながら涙流してたぜ!」
と、立てた親指でドアを指すキューピー刑事。
「もう! バカっ!!」
ドンチャック刑事は叫びながら、部屋に入ってきたキューピー刑事を押し出すようにして
一緒に退出していった。
その後、ファイアー、キューピー、が署に戻り、ドンチャックにキツ〜イお灸を
すえられたことは言うまでもない。

――その日の夕方。
看護婦がマリオの許へ食事を運んできた。
「はい、どうぞ、マリオさん」
「看護婦さん、僕、明日退院なんです……」
「それはよかったじゃないですか」
「ええ、でも、僕、きっともう助からない病気だと思うんです」
「どうしてですか?」
「とても胸が苦しくなるんです。急に、ドキドキして……ある人と会うと、
いつもそうなるんです。今日なんて、頭痛までしてきて……。でも僕はその人と
ちょっとでも多く会っていたいんですよ。でも、いつも苦しくなる。それのくり返しで……
もう僕は長くないんでしょうね」
「あら、マリオさん、それは恋というものじゃないんですか?」
「ええ!?」
「だって、精密検査の結果はどこも異常ありませんでしたよマリオさん。きっとそうです。
それは恋の症状です」
「そうか……これが恋なんですか。で、でも……」
でも! 男が男を好きになってしまったら、いったいどうすりゃいいんですか!!
……なんて、看護婦さんにはとても言えないマリオであった。


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